3スレ目-忍

出会い、催眠術、みそぎ、帰るべき場所、見分けがつかない、蟲毒、過去

出会い

150 名前:本当にあった怖い名無し [2008/06/05(木) 01:09:22 ID:mOdbef/4O]
僕は中学時代に養護施設で育った。その時の話。
中一の夏に入所した僕は、他人との共同生活(赤ちゃんから高校生まで居る)に全く馴染めずにいた。
完璧な上下関係の中、何度か逃げ出して児童相談所で知り合った仲間の元に匿われては、見つかったりしていた。
そんな日々が、過ぎていき秋になった頃。
新しい入所者が、僕に割り当てられた部屋にやって来。
同室の皆に挨拶をしていく忍は僕に
「似てるね」
と言った。
確かに、忍が眼鏡を外したら僕と似た顔立ちかも知れない。


そして、忍が来てから不可解な遊びや出来事が多くなっていった。



施設育ちやDQNの話になりますが、偏見を持たれないようでしたら、少しずつつ投下していきたいと思います。



催眠術

155 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/05(木) 03:08:00 ID:mOdbef/4O]
忍は僕と違って物おじしない生活で、あっという間に施設暮らしに馴染んで行った。
施設から、近隣の学校へ通学する以外、外界と接触する機会のない僕達にとって、新しい入所者が運んで来る外の世界の話は、かなり魅力的だった。
その、ほとんどが児童相談所の職員の噂話程度だったとしても。
僕が居た養護施設は、家庭環境に問題があったりや不登校児が多く、暴力的な行動が全くない場所だった。
多少の喧嘩はあっても、殴り合いにまで発展する事は無かった。
ある日曜日。
忍が年少(小学生)の子に催眠術をかけると言い出した。
暇を持て余していた、僕達や室長(各部屋の最年長者が一人、選ばれる)までが、面白がってけしかけた。
忍は、五年生の男の子を部屋の隅に立たせ、両手で何度も首筋を触っていた。
そして、相手の肩に顔を寄せるようにして、両手で首を締め出した。
誰も何も言わなかった。ただ、催眠術の結果だけを待っていた。
しばらく、時間がすぎ、いきなり忍は男の子から顔を離すと同時に両手は離した。

途端に、けたたましい笑い声が室内に響き渡る。
催眠術をかけられた男の子だった。
笑いながら、涙を流し、言葉として聞き取れない何かを叫んでいた。
男の子が近くに居た、他の年少者を突き倒し殴り始めた時点で、室長が忍に止めさせるように叫んだ。

泣き笑いながら、殴り続ける男の子に忍は黙って近づいて行った。
そして、何かを耳元で話しかけながら、男の子の背中を何度か叩いた。

156 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/05(木) 03:09:13 ID:mOdbef/4O]
その瞬間、あれだけ暴れ狂っていた男の子がぐったりと殴りつけていた相手にもたれ掛かるように倒れた。
室長が、忍に「凄いな」と感心したように言ったのを、きっかけに部屋の皆がやり方を教わろうとした。
学校で、試してみたいからと言う理由で。
だけど、忍は決して教えようとはしなかった。
「危ないからダメ」と笑いながら。



その日の夜、僕の隣に布団を敷いて横になっていた忍が話しかけてきた。
小声で、囁くように。
「脈を押さえ付けるんだ。力いっぱい。そうすれば、脳に酸素が行かなくなり、酸欠になる。意識が朦朧としてきたと、感じたら呼ぶんだよ。」
「何を?」とは、聞けなかった。大人しい、おっとりとした男の子が、あんな風に豹変して、しばらくたつと何も覚えていずに、馬乗りになった体制のまま、きょとんとしていた事が、たまらなく怖かった。


見よう見真似で、忍のやった催眠術を真似る子達があらわれ、他の部屋にまで流行り出した(部屋は三つあります)
たけど、誰も忍が脈だけを絞めていたとは知らなかったし、たまたま寮母が現場を見付けた事をきっかけに催眠術ごっこは終わった。



そして、それ以来、僕と忍は誰からみても親友と見られる関係になった。
友情ではなく、恐怖で縛られた関係ではあったけれど。



みそぎ

170 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/05(木) 11:55:18 ID:mOdbef/4O]
養護施設の生活は規則正しい。
毎朝6時に起床し、布団をあげ、洗顔などを済ますと娯楽室やトイレの掃除をする(一ヶ月毎に各部屋が持ち回りします)
それから、朝食を食堂で取る。メニューは食パンか米飯の二種類が交互に出され、たまに前日の夕飯の残り物が希望者に与えられる。
ある日をさかいに忍がお代わりを貰いに行くふりをして、ご飯をおひつに戻しているのに気付いた。
他の戻せないおかず類は同室の子達にあげていた。
口にするのは味噌汁だけで夕食も同じようにしていたが、デザートとして出される林檎や蜜柑だけは食べていた。

そんな日が何日か続いた。
僕は思い切って、忍に聞いてみた。
「どうして、食事しないの?昼の弁当は食べてる?」
毎朝、食堂のカウンターに並べられた自分用の弁当を持って行っているのは知っている。
だけど、隣のクラスの僕には弁当がちゃんと食べられているかまでは分からなかった。
「みそぎみたいなものだよ。だから、弁当も食べるはずないだろ」

171 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/05(木) 11:56:20 ID:mOdbef/4O]
その頃の僕は、みそぎが何か知らなかった。
ただ、忍が日に日に痩せていくのだけが心配だった。
そんな日々が二週間は続いていたと思う。
いきなり、忍は『みそぎ』をやめた。
「もう、普通に食べてもいいのか?」
と聞いた僕に忍は黙って自分の机の下を見るように指差した。
机は引き出しがついた文机で正座した足がようやく入るスペースしかない。
畳の上に腹ばいになるようにして、机の下を見た。

白くて、丸くて、所々が尖った何か。
それが白骨化した動物の死体だと理解した時、忍から見るのをやめるように言われた。見ろと言ったのは忍のほうなのに。

かばんに入れて学校へ持って行き、人があまり来ない棟のトイレで毎日毎日、洗い続けていたと言った。
肉がそげおち、骨になるまで。
秋から冬に入り始めた時期だったから、臭うこともなく誰も気付かなかった。

次の日、こっそりと忍の机の下を覗いてみたが骨はもうなかった。


それから、しばらくして学校の体育教師が亡くなった。僕達、生徒には詳しく知らされなかったが、突然死だったらしい。

朝礼でその話を聞いた、学校からの帰り道に忍は妙に機嫌が良かった。
鼻歌を歌い、終始にこやかだったが理由は聞けなかった。



帰るべき場所

220 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/07(土) 00:30:11 ID:LAhEku8TO]
養護施設では女子が一階、男子が二階、三階は講堂になっていて、たまに来る見習い美容師達が僕達の髪をカットしに来るのに利用していた。
四階は物置。そうは言っても置いてあるのは大量の本ばかりだった。
古本屋、図書館、近隣住人の方々から贈られた本ばかりだったが、そこに立ち入るのは忍だけだった。
物置に入れられている本は、およそ僕らの年代が興味を示さないような内容の物や、過激な描写の多い本ばかりだったからだ。
あまり、施設内の子供達に見せたくない類の本がある物置にどうして忍が自由に出入りを許されたのかは分からない。
そして、それらの本の中で性描写の多い小説などを、ひそかに忍が部屋に持ち込んで年長者達に見せて回ったりしていた。
少しずつ、忍が本を持ち込むことが寮母や園長からも黙認されるようになった頃、忍から一冊の本を渡された。
けばけばしい蝶の写真が表紙にあった。中には雑誌を切り貼りしたコラージュの写真。パラパラとめくって写真だけを眺めていた僕には忍が、何故こんな本を僕に見せたのかすら分からなかった。
「それ、霊に憑かれた人が作ったコラージュなんだって」
面白そうに忍が話し出す。
「まず、カウンセリングにかかって自分の身の回りの出来事を話して、カウンセラーにコラージュの作成をすすめられたんだ」
「それなら、幽霊とかじゃなくて、精神病なんじゃないの?」

221 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/07(土) 00:31:56 ID:LAhEku8TO]
つい、質問してしまった僕に忍は笑いながら言った。
「このコラージュ、全部同じ人間の物なんだ」
ページいっぱいに人の目ばかりを貼付けた物、子供っぽいぬいぐるみにりぼんを貼付けた物…。
とても、同じ人の物だとは思えなかった。
「表紙にある蝶々、特別な習性があって必ず戻って来るんだって」
忍が笑う。
「どこに戻るの?」
僅かな好奇心を振り絞って質問してみた。
「自分の帰るべき場所だよ。蝶々も霊も帰るべき場所さえ、与えてやれば必ず戻って来るんだよ」
ゾクッとした。
もし、忍が僕を行き場のない霊の帰るべき場所にしたりしたらと…


「生きている人間は、どのくらいの霊を宿すことが出来るんだろうね」
「試して…みたいの?」

「そうだね、やってみたい。出来れば、限界までやってみたい」
僕は黙って忍の言葉を聞いていた。
少なくとも、対象が僕ではない様子に安堵していた。
「多重人格みたいに一人の人間の体を大勢の霊が入れ代わり立ち代わり使うんだ」


それから、しばらくして忍はさ迷う霊達を捜す遊びに夢中になっていた。

それは、随分、無茶苦茶で誰も想像しえない方法にまで、発展していった。

224 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/07(土) 10:43:27 ID:LAhEku8TO]
養護施設の物置から忍が持って来た奇妙な本を見せられてからも、僕と忍は毎日、二人で中学校へ通っていた。
何度も養護施設から逃げ出した僕は一人での通学を許されていなかったからだ。
ある日、学校で検尿があった。透明な小さな容器を保健委員から貰った日、忍は明らかに浮かれていた。



そして、検尿を提出した数日後に忍は再検査をされた。同じ生活をしている養護施設の中で一人だけ。
相変わらず、忍は浮かれていた。まるで、再検査が嬉しいかのように。

しばらくして、忍は毎週一回、寮母に連れられて養護施設と学校の近くにある病院に通う事になった。

血尿がでていたらしい。忍は激しい運動を禁止され、体育はいつも見学していた。寒さも暑さも体にさわるからと、教室で一人残されていた。

「大丈夫なのか?」
忍の体調を気遣う僕に返ってきた答。
「元気だよ。でも、もっと大きな病院にかかりたいな」
その時の忍は確かに元気そうだった。血と蛋白と忘れてしまった何かを毎日、排尿しているのに。

225 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/07(土) 10:45:46 ID:LAhEku8TO]
やがて、忍は大学病院へと通院先を変えることになった。町の小さな病院ではどれだけ調べても原因が分からなかったからだ。

「来週から、大学病院だって楽しみだよな」
嬉しくてたまらない様子の忍。
忍は僕と二人だけの時は饒舌だった。内容はおよそ人には聞かせられない物が多かったけれど。

医大で忍は尿道から膀胱までカメラを入れる検査をして帰って来て、午後になってから登校して来た。
その帰り道。

「やっぱり病院じゃ駄目かなぁ」
気の抜けた声を出す忍を必死に励ましかけていた。そんなに深刻な病気なのだと思って。

次の通院日の朝、朝一番に検尿用のおしっこをしに行く忍が、寮母から呼び止められた。「おしっこしている所を見せなさい」と。


数週間後、忍の何ヶ月にも渡る詐病がばれた。何故、そんな事をしたのか聞いてきた寮母や園長に忍は「寂しくて病気になれば構ってくれると思ったんです」と思春期の子供にありがちな答えをした。
実際、養護施設の子供達は親から受けられなかった愛情を寮母達に求める。忍はそれが過剰で度が過ぎただけだと判断された。


「病院なら死人も多いから迷子の霊も多いと期待してたんだけどな」
忍の詐病は甘えではなく、病院に通う事自体だと僕は直接知らされた。

226 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/07(土) 10:47:39 ID:LAhEku8TO]
「何故、そんな事したの?検査に使われてたのは誰のおしっこだったの?」
頭の中を何故?と言う疑問だけが駆け巡る。

「前に話しただろ。霊の帰る場所を作りたいって。病院なら、霊が多いと思ったし。おしっこは正真正銘、俺のだよ。血は多分、毎回別人のだったと思うけどね」
あまりにも普通じゃない事を忍がさらりと言うので、僕までそれに引きずられた。
「幽霊は居なかったのか?」
首を振り忍が言った。
「大学病院にはそりゃもううじゃうじゃ居たよ。でも、あれは駄目。奴らは病気や怪我を治したい一心なんだもん。病院を帰るべき場所って決めてしまった奴は動いてくれなかった」

忍は行き場のない霊を集める目的で、半年近くも不自由な生活を送っていたのに、少し恐怖を覚えた。この執念はどこから来るのかと。

「じゃあ、血は?毎週、調べられてた血尿は?」


忍が笑いながら教えてくれた。
「移動教室の時ってさ、一人くらい居なくてもばれないもんだよな」
僕はその先の答えを促した。

「皆が授業受けている間に女子トイレ漁って回ってた。たっぷりと血が染み込んだのを探して」
気持ち悪さと嫌悪感と恐怖に吐き気を覚えながら、忍の声を聞き続けていた。

「あれにおしっこをかけてから搾れば簡単な事だよ。血液型とか調べなかったんだろうかね?多分、毎回色んな血液型になったと思うのに」
笑いながら話をする忍の口調が怖かった。逃げ出したいくらいに怖かった。
登下校が一緒じゃなかったら逃げていたかも知れない。忍は異質だと危険だと分かってる。だけど、養護施設の同じ部屋で居る限り、離れられない。

「本当に血尿が出たのは大学病院で尿道にカメラ入れられた時だけだよ。傷がついたらしくて、赤錆みたいなのが何回か出たな」



娯楽室

284 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/11(水) 01:00:07 ID:aJRppoJIO]
養護施設の消灯は9時で就寝時間も同じだ。唯一の例外は勉強がしたいと言えば娯楽室に移動して夜更かしが出来る事。
今夜からテスト勉強をしようと、忍が僕に言った。
僕が断れないように園長や寮母が近くにいる時に。

消灯時間の少し前に勉強道具を持って僕と忍は娯楽室に行った。娯楽室と言ってもあるのは学校にあるのと同じ机と椅子がいくつかと、ボロボロになるまで読まれた漫画や絵本がしまわれた本棚。随分、昔に壊れたらしい映らないままのテレビ。

テスト勉強と言ってもやる気のない僕は忍と向かい合わせた机で黙々と漢字の書き取りをしていた。

「何故、他の人達はテスト勉強しないんだろうな」
突然の忍の言葉に僕はこう答えた。

「室長とかは寮母さんに早めに起こして貰って、朝から勉強してるだろ。僕は朝弱いから無理だけど」
忍が笑う。

「皆、夜中に娯楽室に居たくないからだとは思わない?」

「何それ?どういう意味?」
今までの忍の言動から並々ならない恐怖感を感じて質問をとばしたが、忍は全く関係ない答を返して来た。

「寮母が見回りに来たらお開きにしようか」
夜の見回りは12時と3時の二回ある。深夜に養護施設から逃げ出す人間もいるためだ。

285 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/11(水) 01:02:46 ID:aJRppoJIO]
薄暗がりの廊下がほんの少し明るくなる。宿直の寮母が懐中電灯を持って、見回りに来たということは12時だ。
健康サンダルの足音が、三回とまる。各部屋の人数を確認しているからだ。
そして、最後に娯楽室の戸が開けられた。
「もう、終わりにして寝なさいね」
寮母の言葉に僕達は「はーい」と答えて、閉められた戸を振り返ることもせず、片付けを始めた。
「何故、何回もトンコ(施設や児童相談所から逃げ出すこと)したの?」
唐突で意味の繋がらない忍からの質問には、いい加減なれはじめていた僕は素直に答えた。
「ここに居たくなかったから。今は平気だけど、集団生活とか考えられなかったから」
「あんなに心配かけておいて?」
当時、心配していたのは母と姉、僕を匿ってくれた児童相談所の仲間くらいだが、忍がそんなこと知るはずがない。
「忍の知り合いが僕の心配でもしてたわけ?」
わざと、嘲るように言い返した。忍は僕の挑発をスルーして娯楽室の戸を指差した。
「心配されてる。また、トンコするんじゃないかって」
笑いながら指差された戸の磨りガラスには小柄な影が透けて見えた。

286 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/11(水) 01:06:43 ID:aJRppoJIO]
戸の上半分の磨りガラス。そこに小柄な人影が透けて見える。見回りに来た寮母でも、他の宿直している寮母でもない、誰か。

「トンコ歴のある、お前が消灯過ぎても起きてるからな。また、トンコしないか心配してんだよ」
小声で笑いながら説明とは言い難い説明を忍がしてくれた。
忍の希望で僕は戸に近い机を使っている。机から戸までは1メートル程しかない。薄い戸の向こうに僕を気にかけている何かがいる事実は、全ての感情がないまぜになったように不思議な気持ちだった。

「どうすればいいわけ?あれは何なの?どうして僕に?」
鉛筆回しをしながら忍は笑ってる。あれもハズレだとかいいながら。

「あれって失礼だよな、仮にも寮母だぞ?成れの果てだけど。おとなしく部屋に戻って寝ればいい。」
そういうと忍はさっさっと勉強道具を片手に戸を引いた。誰もいない、ただ廊下が見えるだけの戸の隙間を擦り抜けて忍は部屋へ戻ってしまった。慌てて追いかけて既に横になっている忍の隣の布団に潜り込んだ。
明日にでも室長に、この施設に怪談話はあるのか聞いてみようと思いながら。



見分けがつかない

348 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/17(火) 13:39:43 ID:aRqwdcacO]
養護施設では子供達の些細な変化に敏感だ。いつからかは忘れたが、忍が眼鏡をしなくなった。

「どうしたの?色気づいて」
などと寮母からもからかわれていたが、学校で授業を受ける時だけは眼鏡をかけていると忍は言っていた。
見習い美容師に散髪されているせいで、同じヘアスタイル、背格好も、顔も似ている僕と忍は寮母や同じ部屋の子達からも間違われる事が増えていった。

そんなある通学の帰り道。養護施設から学校までの途中の歩道橋を渡っている時、髪を軽く引かれる感触がした。
後ろを振り向いても手の届く範囲には誰もおらず、真横に並んでいた忍の両手は鞄の紐を握りしめている。
そんな事が何度か続いたが、そよ風すら吹いてない状況で学生帽が払いのけるように飛ばされた。
あっと、手を伸ばす暇もなく帽子は歩道橋の下に落下して、大型トラックなどに踏まれていった。

「忍、帽子どうするんだよ!!」
当然、忍の悪ふざけだと思った僕は忍に怒りをぶつけた。

いつも居るはずの真横に忍はいなかった。それどころか、僕に手が届くはずのない数歩、後ろに立っていた。笑いながら。

「お前の帽子は俺がふざけてなくしたって事にしとけ」
およそ、忍らしくない言葉さえかけてくる。

349 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/06/17(火) 13:41:48 ID:aRqwdcacO]
「でも…忍がしたんじゃないだろ?」
僕を庇ってくれようとする、忍の気遣いは嬉しかったが何かがおかしい。

「いいんだよ」
忍が笑いながら言う申し出を僕は素直に受け入れる事にした。
元々、制服などの学校に行くための用具は卒業していった人間が使ったお下がりなので、予備には事欠かない。寮母から少しだけ文句を言われて、僕は新しく古い帽子を手に入れた。
歩道橋を渡る時は帽子を被らない様に気をつけることにした。


毎日、歩道橋を渡って学校への往復を繰り返す。

バァンっと体中に衝撃と痛みが走った。歩道橋の欄干に叩きつけられた。突き落とされそうな勢いだった。半ば、上半身が欄干に乗り上げた体勢になった僕を忍が腕を掴んで引き止めてくれていた。

「ありがとうな」
突然の出来事にパニックになりかけていた僕に、更に意味の分からない礼を言う忍。危ない所を助けられて、礼を言わなければいけないのは僕の方なはずなのに。
まだ、恐怖感から動悸が治まらずに歩道橋に座り込んだ僕を見て忍は鞄から眼鏡を取り出してかけた。
それからは以前通り、眼鏡をかけたままだった。そして歩道橋での不可解な出来事もさっぱり無くなった。
「奴らって馬鹿だよな。自分が見た怨むべき人間の見分けもつかないんだから」
しばらくしてから、忍が昼休みになると学校の近くにある、通称『シャブ中団地』に嫌がらせをしに通っていた事を聞いた。
何をしたのかまでは怖くて聞けなかった。



蠱毒

720 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/07/07(月) 11:38:52 ID:e2OLa+duO]
養護施設では毎年春休みになると部屋変えの行事がある。
幼児組の面倒を見なければならない一号室に振り分けられる可能性のある女子には一年の間で最も大事なイベントだ。
そして、ようやく忍と別室になれるという希望を抱いていた僕にとっても。

各自それぞれが寮母から段ボール箱を貰い、机や棚の中の荷物をしまっていく。
忍はひどく楽しそうに少ない荷物を箱に放り込んでいた。
養護施設では毎月一度は家族と面会出来る機会があり、その時に外出許可を貰えれば家族と出掛けていく場合も多い。
そして、そんな子は外出先で買って貰った物で箱がいっぱいになる。僕は度重なるトンコのせいで面会も禁止されていたことがしばらく続いていた。
だから忍同様、必要最低限な荷物しかなかった。最後に机の中や棚まで雑巾で拭いて隣を見ると忍は、まだ机の上と畳の上に荷物を残して難しい顔をしている。
部屋割りの発表はもうすぐなのに忍は何をしているんだろうと、ふとした好奇心から手元を覗き込んだ。
息が止まった。
ジャムの空き瓶に芋虫がびっしり入ったのや、干からびた何かが同じくびっしり入ったのを見つめながら忍は悩んでいた。

「何それ?ゴミなら捨てろよ。早く荷物整理しないと」
こちらを向いた忍に話しかけたが質問はするべきじゃなかった。

「これは蓑虫でこっちは…」

「いや、もういいから。はい、ぶいぶい」

ぶいぶいは、この養護施設にだけ通じる言葉で一方的に話を打ち切ったりする時に多用される。

721 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/07/07(月) 11:40:02 ID:e2OLa+duO]
「こいつらは共食いしないんだよな。ま、何事も経験だけど。失敗作でも愛着あるから捨てるか、どうするかと」

「捨てろ。新しく同室になった奴が見たら悲鳴あげるぞ」

部屋は年少組から順番に扉近くに配置されている。同じ学年の忍と僕は当然、隣になる。だが、新二年生になるのは僕や忍を含めて三人しか居ない。
僕は新しく忍の隣で暮らす事になる奴を可哀想に思って出来る限りの忠告をした。

「今度も俺とお前は同じ部屋だから平気」

何故、まだ発表されてない部屋割りを忍が知っている?
忍は春休みに入ってすぐに寮母と園長に自分と行動を共にするようになって僕は落ち着いたから、トンコをしなくなったと話したらしい。だから、次も同室にしてあげて欲しいと僕のために頼んだと言った。
園長達はそれを承諾したようで本来なら、年長者は下の子達の面倒を見るために均等に振り分けられるはずなのに僕と忍は中二の一年間も同室になった。
部屋は三号室から二号室に移動はしたものの僕の左隣には忍が居て、右隣は古いエアコンが置いてある板の間があり窓に面している。
何と言うトンコに恵まれた配置。二階の窓から下に降りる気にさえすれば深夜に抜け出す事が容易に行える。過去に何度もトンコをした経験から、ついそういう事を考えてしまう。

「俺、気配に敏感だからお前が夜中に起きたら分かるからな」

僕の脳内会議を見透かしたような忍の言葉。

722 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/07/07(月) 11:41:42 ID:e2OLa+duO]
そして、その蓑虫やら干からびた何かは新しく三号室の室長になる人の机の下に隠された。
ご丁寧に机の奥の足の隙間に簡単には見つからないように。



春休みが終わる直前に三号室の新しい室長は両腕と両足の付け根のリンパ腺が化膿して、手術のために一泊入院をした。
高二になったばかりの新室長が泣きながら寮母に病院に連れていかれるのを見て、忍は笑っていた。
ひどく楽しそうだった。それが蠱毒という呪いだと知ったのは僕が施設を出てからだった。あの時、知っていたなら忍が通学路や施設の裏庭で色んな虫や蜥蜴や蛇を探して、捕まえる事を止めていたと思う。

知らなかったせいで人が亡くなったのはまだずっと先の話になります。



過去

904 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/07/15(火) 12:40:16 ID:77u3EOn3O]
養護施設の車が出入りしたり僕達が通学に出入りする道路に面した壁は高く分厚くて、児童相談所と変わらない堅固さだった。
反面、僕達が生活している棟の裏側の壁は低く、鬱蒼とした薮に面した場所に至ってはフェンスのみだった。ただ、そこは僕がトンコの経路に使う度に有刺鉄線が巻かれていったが。

ある晴れた日曜日、布団を干そうと二階から棟の前に幾つかある鉄棒に布団を抱えて向かった。
干した布団にもたれてぼんやりとフェンスの向こう側を僕は眺めていた。唐突に忍が歌を歌いだした。

「心無口で心静かで心にヤイバ向けて…」

「何?」

「クラスの女子が歌ってて、ここの部分だけ覚えたんだよ」

忍は園長や一部の寮母が住む外装の剥がれ落ちた廃墟のような寮を見つめていた。

「俺はお前の心にヤイバを向けるよ。理想のお前に戻るまで」

「それは精神的に僕を虐めるって意味なわけ?それに理想の僕って何なんだよ?」

忍はフェンスに視線を移す。

「俺はね、お前にここで会うのを楽しみにしてた。児相のケースワーカーから、ここには手に負えない奴が居るから巻き込まれないようにと何度も聞かされて、ここに来たんだ」

忍の視線が僕に向けられる。

「ここに来た時も園長や寮母から、お前の話を聞いたよ。おとなしくて優しそうに見えるけど、平気で他人を利用して、裏切って…会うのが楽しみだった」

905 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/07/15(火) 12:41:30 ID:77u3EOn3O]
忍が指指しながら視線をフェンスに向ける。

「絶対に中には入って来ないあいつらにも興味はあったよ。でも、それ以上にお前に興味が湧いたんだ」

フェンスの向こう側には誰もいない。それなのに忍が示した場所が気にかかった。

「実際に会ったお前は皆が言うような奴じゃなかった。ただの優しい奴なだけで…俺がどれだけ失望したか分かるか?」

風一つ無いのに、もたれ掛かった布団が揺れているのを視界の端に感じた。まるで誰かが、両手で握って振り回しているような揺れだった。
僕は忍の言葉に何一つ反論出来なかった。児童相談所のケースワーカーが何を言ったかは知らないが園長達の言った僕の話は事実だったからだ。
不登校児で学校に行くふりをして町をうろついていれば、当然のように年かさの不良に目をつけられる。そこで理解し、許すふりをして裏切って搾取する術を学んだ。

万引きも当たり前の日常の一つだった。客だと信じて疑わない店主を万引きと言う行為で裏切るのは心地よかった。
中一の一学期、僕は十日足らずしか学校へは通ってなかった。そして児童相談所に何度も母親に連れて行かれて、しばらくの間、そこで暮らす事を決められた。
本当に家庭の事情で預けられた子や親も学校も見放して放り込まれた不良達もいた…何と無く、当時の事を思い出して胸がざわついた。

906 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/07/15(火) 12:43:01 ID:77u3EOn3O]
気が付くと布団の揺れが背中にはっきりと感じられる程、強くなっていた。

「俺はお前が壊れるところが見たい。園長達の言うお前が見たいんだけどな」

笑いながら忍が僕を見た。

「名は体をあらわすって言うのは俺にもお前にもぴったりだよ」

布団の揺れが更に激しくなる。背中で押さえてなければ、鉄棒からずり落ちそうな程に。

忍が両腕を僕の目の前に突き出す。そのまま、ゆっくりと両手で僕の目を塞いだ。

「いつまで何も知らないふりを続けるつもり?俺は本当のお前に会いたいのに…」

力を込めて背中で押さえ付けていた布団が一気に引きずり落とされて地面に落ちた。僕の両目は塞がれたままで、周りには誰もいない。

「俺だよ」

忍の全て見透かしたような笑い声が聞こえ、視界が開けた。

鉄棒にかけられたままの忍の布団と地面に落ちて、ただ落ちただけではならないであろう不自然な丸まり方をした僕の布団。

「忍は何故、ここに送られて来たんだ?外で何をして来た?」

家庭の事情や不登校じゃない、もっと別の理由で忍はここに来たんだと確信があった。
忍からの答えは無く、僕は大小さまざまな靴跡の残った布団を拾いあげる。
笑いながら僕を見続ける忍に布団を押し付けて、僕は洗ったばかりの布団カバーを引きはがした。

  • 最終更新:2009-12-06 00:47:10

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