3スレ目-田中
手の感触、猫に導かれて、心底気分が悪かった、影ふみ
手の感触
56 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/05/23(金) 03:04:18 ID:G1sJz7Tt0]
高校のときの同級生の話を書き込ませていただく。名前は仮に田中としておく。
ある月曜日、田中が下駄を履いて登校してきた。
そのなりは一体どうしたのかと訊ねるとスニーカーを捨ててしまったのだと言う。
以前にオクで新品同様がイチキュッパだった、もちろん1980円の方だ、と言っていたのを思い出す。
そんな値段でオニツカが手に入るわけがないだろうが。
それはニセモンだと思ったが田中の幸せのために黙っておいた。
パチもんスニーカーを捨てるまでの経緯はこうだ。
土日を使って「電車をハイジャックして行ける所まで行ってみようと思い立った」のだという。
自分の隣に座ったの人にこう言う。「あなたと同じ駅まで乗せていってください」
そうやってどこまでも行くことにしたらしい。
正すべき点はいくつもあったが僕は先をうながした。
57 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/05/23(金) 03:05:17 ID:G1sJz7Tt0]
すまん、誤爆した。
とりあえず最後まで貼ることにする。
「世の中捨てたもんじゃないね!みんな良い人ばっかだったよ」満面の笑みで田中は言った。
おばあちゃんからオニギリを分けてもらったり、子供から飴を奪ったり、
いくつもの出会いと別れを繰り返して電車版ヒッチハイクは順調に進んだ。
見知らぬ土地の寂れた駅に降り立ったときだった。
そこはホームが上り下りのふたつきり、改札も自動ではなかった。
駅員も見当たらず僅かばかりの乗客は改札の桟に切符を並べて出て行く。
次の電車まで1時間あまり。
ぼんやりと枕木のヒビを287まで数えたとき田中の視界に白いものが写った。
白い手がホームの舗装の上を歩いていた。
58 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/05/23(金) 03:05:45 ID:G1sJz7Tt0]
「歩くって言い方はおかしいんだけどさあ、カニの足みたいに指が一本いっぽん順番に
滑らかに動いてて、こっちに向かって来てた。ピアノを弾いてるみたいにも見えたなあ」
じっと僕の手を見てきたので思わず隠した。(僕は中学までピアノを習っていた)
「女の子の手っていいよね!」
他人のフェティシズムについて考えたこともなかったが、田中が変態だということは解った。
田中はもっとその手を良く見ようとしたらしい。そして、あわよくば触れようと。
しかし不運な田中はスニーカーのほつれた紐を踏んづけてつんのめった。
そして白い手を踏んづけた。
「ぐにっというか、ふにゃっというか…女の柔肌ってやつかな」
若白髪の頭を掻き毟りながら奇声を発し田中は悶絶した。
膝をしたたかに打って七転八倒したあと足元をみやったが、白い手はもう見当たらなかったらしい。
その後、一人だけ改札をくぐってきたおじさんに擦り寄って帰路に着いたという。
59 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/05/23(金) 03:07:15 ID:G1sJz7Tt0]
「駅に降りつくたんびに、足裏に感触がするんだ」
自宅最寄り駅の手前の駅までずっと。
下駄を鳴らしながら田中は言った。
その下駄は電車を待っている間に仲良くなった行商のおじさんから譲り受けたらしい。
「なんでそのまま連れて帰らなかったわけ?手フェチなんでしょ」
僕の言葉に田中はイヒッと笑った。
「指輪はめてたし。他の男のもんに手ぇ出すわけにいかんでしょ。俺って紳士だし」
教師に注意されるまで、田中は下駄登校を続けた。
猫に導かれて
81 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/05/25(日) 03:53:15 ID:VTO03hqD0]
先日は盛大に誤爆ってしまい申し訳なかった。
これも何かの縁かと思ってまた書かせてもらう。
高校のときの同級生、田中の話。
学校に登校し授業の用意をしている僕のところへ田中がやってきた。
机の横に直立不動している。無言で。
「数学の課題なら写させてやるつもりはない」と言うと、
そんな課題があったなんて知らなかったとうろたえた。
「いや違う、髪切ったんだよ髪」
指摘して欲しかったらしい。
若白髪が日の光を受けてツヤツヤと光っていた。心底どうでもよかった。
そこから田中の理髪店での話が始まった。
昨日、買い物に出かけ道に迷ったらしい。
田中は絶望的なほどの方向音痴だ。
中学の修学旅行で行った京都で一人哲学の道を踏み外していたのを思い出す。
田中自身わかっていて、いつも2時間は余裕を持って行動していた。
ついでに雨男だ。
長距離走などの嫌なイベント前にはかならず雨乞い神として崇められていた。
田中自身わかっていて、いつも折りたたみ傘を持ち歩いていた。
その日もいつも通り道に迷い、いつもどおり雨雲を呼んだ。
電信柱に書かれている住所を見てもさっぱり位置がつかめない。
どうしようというつもりも無くぼんやりしていた時、目の前に一匹の猫が現れた。
82 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/05/25(日) 03:53:55 ID:VTO03hqD0]
「ボサボサの白い毛並みが薄汚れていて、赤い首輪が擦り切れそうになってて、
ぼてっとしたデブで、人を見下すようなやる気の無い目でダルそうに俺を見てた」
田中はうっとりとそう言った。
ケッとでも履き捨てそうな胡乱な目つきで猫は背を向けたが、
少し進んでは振り返り、少し進んでは振り返りとまるで田中を導くようだったという。
道に迷っていることなど忘れて動物好きの田中はついて行った。
角を曲がったところに理髪店があった。
扉の上に掲げられた店名の看板は欠け、張り出されたポスターは日に焼け判別がつかない。
ガラスが黄ばんだサインポールは動いていなかった。
開けっ放しの扉の向こうから猫がこちらを見ていた。
目が合うとするりと店内に入っていったので田中も追いかけた。
「おじいさんが一人いた。制服がよく似合ってた。
店の中はレトロというより純粋に古いって感じだった。
でもさすがにバリカンを取り出されたときは慌てたわ」
ちょうど雨が降り出したので雨宿りがてら髪を切ってもらうことにしたそうだ。
さほど饒舌でない店主ではあったがハサミを振るう手は滑らかだった。
目の前の大きな鏡台の上には猫がむっつりと座り、店主を見ていた。
雨音とハサミのちょきちょきという音、少しのかび臭さ、猫の寝顔。
なんだかずいぶんとホッとしたという。
83 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/05/25(日) 03:54:41 ID:VTO03hqD0]
カットが終わり、お茶とお菓子をご馳走になって少し雑談をした。
店主は30年ほど前からここで理髪店をしているという。
親子二世代に渡って髪をカットしてきたが、最近は若い子は美容院に行くし、
安い店も台頭してきたのでたまにしか営業していないとのことだった。
店を辞する際「猫さんにもよろしく」と言うと
「フクはうちの招き猫だ」と店主は穏やかに笑った。
「でも自分には見えたことがない」
「そりゃいいお店みっけたね」
そう言った僕の言葉に田中は少し眉をしかめた。
「良い店だけどさ、もう切りにはいかない」
なんで、と問うと田中は白髪頭を掻き毟りながらうなった。
「だって金城武にしてくれって言ったのに!これじゃ竹野内豊じゃん!」
隣の席の女子がすごい目つきで田中を見ていた。
心底気分が悪かった
108 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/02(月) 13:26:33 ID:dtGO0dYc0]
田中の話
ある冬の日のことだ。学校から帰ると家の前に田中がいた。
「新聞なら間に合ってます」と言う僕に田中は「今日はカレー?」と言ってきた。
日本語なのは解るが内容が理解できない。
「お土産にアイス買ってきたよ!あずきバー!」
応対に出た妹がそれを聞いき大喜びして家に招き入れてしまった。
変な人には着いて行くなとあれほど教えていたのに。
田中はカレーを三杯も食べるわ妹が懐くわで正直僕は気分が悪かった。
母は「こんな美味いものを食ってりゃ美人の娘さんが出来上がる筈だわ」と言われて喜んでるし、
妹は遠足の集合写真を見せて「一番可愛い」と言われてはしゃいで
僕にも触らせないお気に入りのクレヨンを貸すし、
親父には「こりゃいい男だねー」などとおべんちゃらを使っている。
親父はニヤリと笑っているだけだ。
心底気分が悪かった。
109 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/02(月) 13:27:05 ID:dtGO0dYc0]
母親と妹が一緒に風呂に入り、居間のコタツには僕と田中だけになった。
キンと冷えた外から隔離された室内はぼんやりと暖かで、
テレビではたわいもないバラエティ番組で出演者がバカ笑いをし、
ストーブの上のやかんがシュンシュンと音を立てていた。
向かいの田中の存在は心底うっとうしかったが、
ぬくぬくと温まりながら食べる季節はずれのアイスははなかなか乙だった。
ふと横に目をやると、コタツ布団から足が突き出ている。
ガリガリだったが天井を向く爪はきちんと整えられていた。
アイスをかじりながらふと思い出した。
親父が過ぎたギャンブルで借金を作り母と大きな喧嘩をした日のこと。
親父の身勝手さに苛立ち怒鳴る僕と家族の異変に泣き叫ぶ妹を
母が「大丈夫だからアイスでも食べてろ」と強く抱きしめてくれたこと。
幼い妹はともかく、いい年をして子ども扱いされた僕はたいそう恥ずかしかった。
親父が入院しても反抗心から僕は見舞いにもろくに行った覚えがない。
あれだけ険悪な仲だったのに甲斐甲斐しく世話をする母は愚痴ひとつ零さなかった。
夜中、僕の自室に転がり込んできた病院で泊り込んでいた母の様子。
親父が数年ぶりに家に帰ってきて、寝かされた布団から骨と皮だけになった足が突き出ていたこと。
大荒れの天気を「恨み雨かもな」と言った親戚の言葉。
僕らの気持ちを置いてけぼりにしてスケジュールどおりに進んだ葬儀のこと。
甘いものはさほど好きではない親父が、あずきバーだけは喜んで食べていたこと。
110 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/02(月) 13:27:27 ID:dtGO0dYc0]
あとひとかじり残ったあずきバーが滲んで見えた。
腹ばいに寝そべってジャンプを読んでいた田中が起き上がってティッシュの箱をよこしてきた。
「冷蔵庫にもう一本あるし」
とっとと帰れと棒を投げつけた。
遺影の親父は相変わらずニヤリと笑っていた。
後日、妹が保育園で描いた絵を自慢げに広げた。
画用紙の中央に大きく描かれたカレーを食べる母と妹と田中。あずきバーを持った親父。
僕は隅っこで、しかも画用紙に入りきらず半分切れていた。
良く描けていると褒めたが、心底気分が悪かった。
影ふみ
273 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/10(火) 03:17:00 ID:gyYxavaE0]
田中と影ふみの話
学校の側のバス停で最寄り駅までのバスを待っていた時のことだ。
普段は自転車を利用しているが、朝から怪しい雲が垂れ込めていたのでバスにした。
だが予想は外れ雨は降らず、さらに田中と遭遇してしまった。
隣で田中がべらべらとうるさく何か喋っていたがいつものことなので聞き流す。
それよりも前方にいる女性のほうが気になっていた。
明らかにイライラとした様子で、何度も繰り返す舌打ちが耳障りだった。
ふと雲間から太陽が顔をのぞかせた時だった。
田中がふいに声を落として呟く。
「あー、あ~…。うん、良くない。これはいかん」
脳内に誰か住んでるんだなと思っていると、おもむろに女性の背後に忍び寄った。
「ハラさんの影ふーんだ」
女性がぎょっと振り返る。
田中は嘘くさい棒読みで「子供心に戻るのって大切だよね!」と言うと、
何事もなかったように僕のほうへ戻ってくる。
顔を背けてみたが確かに彼女の不信なものを見る目つきの先には僕も含まれていた。
ほどなくしてバスがやってくると女の人は車内に知人を見つけたのか甲高い声を上げて乗り込んだ。
相手方が「ハラさん」と声を掛けていたのが聞こえた。
僕達はハラさんから離れた場所に座った。
「あの人と知り合いかなんか?」
田中はニヤリと笑う。
「時々乗り合わせるんだよね。美人じゃん?」
ストーカーだった。
274 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/10(火) 03:18:20 ID:gyYxavaE0]
「影ふみには「魔を解き放つ」意味があるんだよ。
なんつか、あの人の影は淀んでて不安定だっただろ。美人を放って置く訳にはいかんよ男として」
僕にはあの人の影が田中が言うようには見えなかった。
だが言われると影を踏む前と踏んだ後ではガラリと纏う空気が変わった気がした。
…ような気がするようなしないような。
「なんつか、隠してても出る、体調悪いとか元気ないとか」
そういう奴の影を名前を呼んで踏んでやんの。
田中はそう言った。
「ちゃんと名前を呼んで相手が気付くように踏むのが重要なんだ。
影は、体とは同じで違う、もう一人の自分だから。
《自分》が踏まれたことを認識させるんだよ。《自分》が意識していないとしても」
「俺の影はくっきりぱっきりして実に綺麗っしょ」
田中の影なんて見ようとして見たことなんてないが、
うっとうしいぐらい元気だから田中式で行くとそういうことになるんだろう。
「あんまむやみやたらと人前に影を晒さんほうがいいよ」
そうも言ったがそれでは闇に生きるしかない。僕は生まれたときから人間だ。
ふと思いついて聞いた。
「それじゃ田中は永遠に鬼なんだな」
そうだよ、と奴は答えた。
275 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/06/10(火) 03:19:15 ID:gyYxavaE0]
田中の「影ふみ鬼の攻略法」を聞き流している内に駅に着いた。
ハラさんとその知り合いらしい人が賑やかしく降りていく。
「お前の影はぼんやりしていて実に薄い。たまに登校してても気がつかないときあるしな。
俺様が踏んでやろう。浅野の影ふーんだ。はい確かにこれこのように踏みました!」
そう言って田中は僕の影をぐりぐりと踏んづけた。
あれだけ出ていてた太陽が引っ込んですぐさま雨が降り出した。
魔を解き放つということが実際あるのかどうか解らない。
だが田中自身にそんな力はなかっただろうと思っている。確信に近い。
理由は自分が心底ヘコむだけなので話したくない。
別れしなに田中が付け加えた言葉がある。
「影を踏むのにはまだ理由があるんだけど…浅野はやらんほうがいいな」
あれが何だったのかは解らないままだ。
- 最終更新:2009-12-06 13:06:12