4スレ目-忍

魂こそが、荷物検査

魂こそが

782 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/16(土) 09:41:37 ID:BH5kz/vbO]
ようやく、DoCoMoの規制が解除されたようなので投下します。
特定を避けるために詳しい地名などは、あえて書いていません。

783 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/16(土) 09:43:07 ID:BH5kz/vbO]
養護施設で迎えた中二の春。何の因果か忍と同じクラスになった。そして忍が教室の中では明るく穏やかな人間を装っている事を知った。
施設にいる理由さえも人に話せない悲しい過去のように口をつぐんでいた。
ある日の放課後、図書室に本を返しに行く僕に忍がついてきた。図書室に入ってすぐの棚には日本地図や都道府県別の地図が載った本があり、それらは図書室でのみ閲覧可だった。

「俺と一緒に北海道に行かないか?」

唐突な忍の言葉に目をやると忍は北海道地図の本をペラペラとめくっていた。

「僕は忍とはどこにも行きたくない」

なるべく言葉の刺を隠しながら答えた。

「俺はさ、二回行ったことあるよ」

一年近く面会にも来ない家族との旅行の思い出かよ、そう思った僕は冷たく言い返す。

「ふーん、楽しかった?」

「楽しかったよ、警察に捕まるまでは」

「家出か。親の金盗んで家出したら、すぐ見つかるに決まってるだろ」

内心、馬鹿にしながら言い放つ。忍は北海道地図の本を撫で回していた。

「あいつらの金なんか一円たりとも使ってない。俺が自分で稼いだ金で行ったんだよ」

「ガキがどうやって北海道まで行く旅費稼ぐんだよ?」

784 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/16(土) 09:44:27 ID:BH5kz/vbO]
忍はずっと地図を撫で回している。

「お前さ、メトロに行った事ある?」

メトロはとある路線の終点の地下街で僕も幼い頃は何度か訪れた事があった。

「ずっと小さい時に祖母ちゃんに連れて来て貰ったくらいかな。卓球場とかゲーセンとか…」

忍は地図を撫で回し続けながら、こちらを見ずに話し出した。

「メトロの両側に幾つも地上に上がる階段があるのを覚えてるか?」

階段があったのは知っている。そして階段から続く地上は風俗街やホテル街で子供が立ち入る事が許されない場所だった。

「一つの階段に一人ずつ、女が立っててさ客待ちしてるんだよな。オッサン連中がメトロを何度も往復して立ちんぼのババァを物色して交渉するんだ」

「よく知ってるな」

「お前はさ、人間の肉体と魂ならどちらが大事だと思う?」

唐突に話題を変えて質問をして来た忍に僕は迷う事なく答えた。

「肉体だろ。魂だけなんて意味ないし」

忍がこちらを見る。地図は撫で回したままで。

「魂だよ。俺はメトロの上にあるホテルで初めて、あいつらに出会った。何年か前に、ホテルの天井が崩れてカップルが死んだニュースがあっただろ?俺はその改築された部屋に入ったんだ」

785 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/16(土) 09:46:12 ID:BH5kz/vbO]
その事故は僕も新聞で読んだ事がある話だった。忍は話続ける。

「体が無くなってもあいつらは生きている。存在してるんだよ。年も取らずにね。素晴らしいと思わないか?それからはそのカップルに会うためにメトロに通い続けたよ」

僕は黙って地図を撫で回す忍の話を聞き続ける。

「そんな事を繰り返しているうちに金が貯まって、もっとあいつらに会いたくなったんだ。それで北海道に行った」

「何故、北海道?忍はそこで目的は果たせたの?」

忍がさっと周囲を伺い地図を通学鞄にねじ込んだ。

「素晴らしかったよ。だから、お前も連れて行きたい。一緒に北海道に行こう?あそこなら大丈夫だから」

忍は僕をトンコの共犯にしようとしているのだと思った。しかも、北海道なんて場所に。

「北海道まで行く金はどうするつもりだよ?」

「金ならシャブ中団地で作ってある。多少、恨まれもしたけどな。だから、大丈夫だよ」

笑いながら忍が言う。

「僕は…もうトンコはやらない。これ以上、家族に心配かけたくない」

「家族なんて意味のない繋がりだろ?それにお前以上に悪質で狡猾なトンコが出来る奴は居ないしな」

忍はどうしても僕を北海道に連れて行きたいようだった。

786 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/16(土) 09:47:25 ID:BH5kz/vbO]
「お前もあいつらと会って話せば分かるよ。魂こそが全てだって。それを玩具にする楽しさも」

忍は楽しそうに北海道での思い出話をする。滝で、道路で、場末のビジネスホテルで見た霊の話を。そして、家出少年がどうやって見知らぬ土地で居続けたのかを。

「忍は援交と家出で児相から施設に送られたの?」

一方的に忍の話を打ち切るためにくだらない質問を投げ掛けた。

「違う。補導されたのは、それが原因だけど俺は自分の手であいつらを作ろうとしたんだよ」


その言葉の意味に気付いたのは数日後、忍の奇妙な遊びに付き合わされてからだった。



荷物検査

832 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/17(日) 18:00:25 ID:twFb08ZTO]
養護施設始まって以来のトンコ数を誇る僕だけに行われる行為がある。登校前と下校後の持ち物検査だ。
通学鞄は筆箱の中まで見られ、制服のポケットまで厳しくチェックされる。毎日、続くそれを忍はニヤニヤしながら眺めていた。
図書室での会話から数日後の昼休み、忍に体育館の裏に連れて行かれた。

体育館の裏の道路向かいには件のシャブ中団地があり、学校と外界を切り離している冊はたやすく乗り越える事が出来る。

「僕は出ていかないからな」

トンコを示唆していると思った僕は強い口調で忍に断言したが、忍は片手をヒラヒラと振って笑っていた。

「お前に面白い物を見せてやろうと思っただけだよ」

そう言いながら忍は学ランを脱いで冊に引っ掛けた。そして長袖のシャツの左側をまくりあげて、僕の向かって突き出した。
手首と肘裏の中間くらいにピンポン球は半分にしたような、こぶがあった。

「何だ、それ?保健室で診て貰ったら?」

僕は至極、真っ当な感想を言ったはずなのに忍は弾けたように笑いだした。

「中身は空気だよ。痛くも何ともないから押してみろよ」

笑いながら忍が言うのにつられて恐る恐る、こぶを指で押してみた。

833 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/17(日) 18:02:31 ID:twFb08ZTO]
ブシュッという嫌な感触と共に、こぶが皮膚の下を移動する。慌てて指を離して忍の顔を見た。どこからか見られているような突き刺さるような視線を感じる。
忍はズボンのポケットから注射器を取り出して僕に見せる。

「これで皮膚と肉の間に空気を入れただけだよ」

笑いながら何でもない事のように注射器の針を腕に刺し、ピストンを押す。薄く皮膚が盛り上がり二つ目の、こぶが出来上がる。

「何、してんだよ。そのポンプもシャブ中団地からパクって来たのか?そんな馬鹿な事して楽しいのか?まさか…」

注射器だけじゃなく覚醒剤まで盗んだのか聞こうとした僕の言葉を忍が遮った。

「俺は何でも試してみなきゃ気がすまないたちなんだよ。最初は血管に空気、入れてみたかったんだけど押しても反発が強くて無理だった」

もう一度、忍が注射器を腕に刺して今度はピストンを引いて空気を抜く。吸い込まれるように、こぶが消えて何もなかったように元通りになった。

「ガス壊疽ってのも経験したくてさ、ここの土から泥水作って注射してみたりしたけど、意外と綺麗な土みたいでさ吸収されただけだった」

少し窪んだ地面を靴先で蹴りながら忍が真剣な顔をして見せた。

834 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/17(日) 18:03:43 ID:twFb08ZTO]
「あいつら、ネタは大事に隠してるけど道具の扱いは杜撰だからな。未使用のポンプくらい幾つでもパクれるよ」

「忍は他人だけじゃなくて自分の事もどうでもいいんだな。だから、平気で死ぬかも知れないような事が出来るんだ!」

その時、僕の中にあったのは忍にたいする恐れではなく、怒りだった。

「言っただろ?体なんて魂に比べたら大事じゃないって、それに何事も練習して経験しないと分からないからな」

笑いながら話す忍の言葉に何か引っ掛かりを感じた。

「誰かにやるつもりなのか?」

「お前になら空気ぐらいなら試してやってもいいけど?皮膚の下を動く空気の感触、試してみるか?」

「…嫌だ。そんな物、捨てろよ!気持ち悪い!」

忍にも忍が手にしている注射器にも激しい嫌悪感を感じた。そして、忍の手から注射器を奪い取るとそのまま近くの焼却炉に投げこんだ。
ふと、道路の向かい側に目を向ける。

一瞬だったがシャブ中団地の部屋の全てのベランダに人影が見えた気がした。



忍は一年生の時にここの冊を乗り越えシャブ中団地に嫌がらせをしに行っていた。
そして注射器の扱いを覚え、恐らく住人達の麻薬の隠し場所も知っているんだと確信した。
強く恨まれる行為も平気で行って来たんだろう。背後にあるシャブ中団地から感じるのは紛れも無い悪意だった。

835 名前: ◆DJINKbmZw2 sage [2008/08/17(日) 18:04:45 ID:twFb08ZTO]
去年、まだ一年生だった頃に耳にした噂話を思い出した。

『最近、あの団地に向かう救急車が多い』
『また死んだんだって』
『鉄パイプ持って自転車に乗ってる幽霊がウチの生徒を捜してるんだって』

本当の薬物中毒者の事なんて何も知らない一般家庭に育ったクラスメートの根拠のない噂話だ。
そう思って馬鹿馬鹿しいと思って聞き流していた。


その元凶を前に僕は何も出来ずにいた。
そして、荷物検査は卒業まで僕だけに行われ続けた。

  • 最終更新:2009-12-06 16:40:44

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