4スレ目-沙耶ちゃん2
酒の効果、霊障、復職、妄想、欠損
酒の効果
581 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/06(水) 00:41:29 ID:49b5lfXD0]
<酒の効果-1>
梶が無事に3年に進級した。留年してやがったから、知らせを聞くまで俺もなんとなくやきもきしてた。
お祝いに飲もうということになって、バイトが終わった朝からファミレスにしけこんだんだ。俺も梶も、睡眠時間を削っても気にならない
性質だったし。
俺 「体育大って単位取れなかったら潰し効かないんだろ?中退にならなくてよかったなあ」
梶 「まことさんが言うと重みあるねww さすが中卒」
俺 「うるせえよw これで2年は安泰だろ。俺が徹夜仕事きつくなったら、店頼むな」
梶の大学は3年生から4年生はエスカレーターになっているそうだ。次は卒業をめざせばいいってことになる。
梶 「えー?あの店、治安が悪いから夜中はひょろいの入れないんでしょ?まことさんの後が見つからなかったら、俺、当分1人?」
梶が不満に思うのも無理はない。店の場所は繁華街の外れで、夜中になると客層はひどく低レベルになる。俺が採用されたのだって、武道の段持ちって理由なんだ。
俺 「真面目な話、俺、バイトでつないでる余裕がなくなってきてんのよ。飛行機代稼がないと」
梶には親父の容態は伝えてあった。
梶 「ああ、そっか。。。そろそろ定職持たないと沙耶姫も可哀相だしw」
なぜそっちに話を振るかなあ。。orz
俺 「沙耶ちゃんは関係ねーよ、馬鹿」
梶 「『おやすみなさあい♪』の携帯メールが入るのにー?」
俺 「。。。頼めばお前にも入れてくれるよ」
我ながら不機嫌な声で答える。
俺が沙耶ちゃんとプライベートで会うようになってから1年以上が過ぎていた。なのに俺は未だに彼女の運転手としての域を出ていない。
なんつか。。。容姿的にも性格的にも彼女は完璧すぎて、俺には入り込む余地がないって感じで。。。。
まあ、そんなことはいいんだよ!
って俺が独りごちてる間に、梶のヤツが沙耶ちゃんに電話を入れていた。
「沙耶姫、ここに来るってw」
。。。絶対に、よくやったとは言わねえぞ。
582 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/06(水) 00:42:04 ID:49b5lfXD0]
<酒の効果-2>
昨夜の0時に別れた沙耶ちゃんはしっかり寝たようで、快活な二重まぶたの大きな瞳で俺たちを見つけた。
「朝から飲んでるんですかー?」
と非難しながらも、自分も中ジョッキをオーダーする。
梶と同じく大学生の沙耶ちゃんは、いま春休み中。プライベートでの接点が途絶えていただけに、思わぬボーナスだった。
馬鹿な話でさんざん盛り上がり、ファミレスを出たのは昼だった。俺と梶は適当にセーブしていたので店を出るころには素面に近かったが、沙耶ちゃんはかなり盛り上がってたね。鼻歌を歌いながら俺たちにまとわりついたりしてた。
「沙耶ちゃんって何杯飲んだっけ?」
「三杯ぐらいじゃない?」
梶とそんな会話をしながら笑って見ていると、つと彼女が立ち止まって、何もいない空間に頭を下げた。
「ぶつかっちゃうとこだった」
肩をすくめながらそう言って駆け寄る沙耶ちゃんに、梶が「誰もいないしwww」と突っ込む。
それからも数度、彼女は、いきなり立ち止まったり不自然に避けるといったアクションを繰り返した。そのたびに俺たちに「いまって生きてる人じゃなかった。。。?」と確認して困惑する。
幽霊って、昼日中にそんなにいるもんなんだ?まあ考えてみれば、いま生きてる人間より今まで死んだ人間のほうがずっと多いんだから、ありえるのか。
梶は沙耶ちゃんの妄想だと思い始めたようで、俺に「見えてる気になってるだけじゃないの?」と耳打ちしてきた。
すると。
「違うよ」沙耶ちゃんはくるっとこちらを向いて答えた。梶の声は沙耶ちゃんに聞こえる大きさじゃなかったんだが。
沙耶ちゃんはもともと色素の薄い子で、肌も白いし、髪の毛や瞳の色も日本人離れした紅茶色をしている。でも、振り返った彼女の眼は、虹彩も瞳孔も区別がつかないぐらい真っ黒に塗られていた。
梶も、俺と同じものを感じたのか、鳥肌の立った腕をさすっている。
「私には人と死人の区別がつかないの」
自嘲気味にうつむく彼女の顔が見る見る青くなって、道端に座り込んだ。
「吐きそう。。。」
でもな、酔った沙耶ちゃんを介抱しながら、なんか俺は嬉しかったね。彼女にも隙があったことが。
霊障
652 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/07(木) 23:43:55 ID:8xFSOoXu0]
<霊障-1>
初めに断っておきます。俺の書く話は、筋は実話だけど設定はデフォルメしてある。
特にこの章はかなり狂わせてあるんで、似通った現場があったとしても別物。だから近場の人は気にせんでください。
沙耶ちゃんの大学生活もあと1年を切った初夏のことだ。
ゴボウのようにどす黒い顔とやせ細った親父の面倒を看ていたとき、彼女から電話があった。
「火傷ってすごく痛いんですね」
はあ???
他愛のない話だった。今朝、独り暮らしの沙耶ちゃんが朝飯を作ろうとしたときに、蒸気で指を痛めたらしい。むしろ「火傷って初めてしました」って彼女の言葉のほうが、俺にはビックリだったよw
火傷の痛みがわかったので供養に行きたいところがある。車を出してほしい。彼女はそう言った。付き合いが長いんで意味はすぐにわかる。火傷が元で死んだ誰かの残留したエネルギーを慰めたいんだな。
親父の所にいることを告げると「わかってます」と言われた。そして「私もそのうちにご挨拶に伺っていいですか?」と付け足してくる。
二つ返事したのは言うまでもない。
親父の病室に戻ると「お前もそういう歳になったか」と笑われた。「孫の顔までは待ってられんが、結婚式ぐらいなら行ってやるぞ」とも。
一瞬、沙耶ちゃんが生霊でも飛ばして挨拶に来たのかと思ったよ。ま、電話の相手が女だと悟った親父の冗談だったと、今では思ってるけどね。
653 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/07(木) 23:46:08 ID:8xFSOoXu0]
<霊障-2>
自宅アパートに戻った翌日、休日だったこともあって、さっそく沙耶ちゃんを乗せて早朝に出発した。
今回の目的地は片道4時間はかかる山中のトンネル。途中でメシ食ったり観光したりと、ちょっとしたデート気分を味わえたww
沙耶ちゃんがそのトンネルを知ったのは中学生のときらしい。親父さんが主幹線と間違えて入った旧道の途中に、ぽっかりと孤独に口を開けていたそうだ。
「まだトンネルが見える前から、高い叫び声がずっと聞こえてたの。。。。『いいいいいいいいいいい』って感じで、すごく険のある声」
沙耶ちゃんの透明感のある高音で真似されてもピンと来なかったが。
「見たくなくてトンネルの中はうつむいてたんだけど、声だけは聞こえるでしょ。。。あのね。。。」
そこで言葉を切って、
「あ、ごめんね。今から行くとこなのに、こんな話したら気味悪いよね?」と俺に確認。
「何をいまさら」と笑って返した。
安心したように彼女は続ける。
「トンネルの中には男の人がいたみたい。んと。。。たぶん、まことさんよりも若い人。その人がトンネル中を走り回りながら『熱い熱いっ』って叫んでるの。。。。。。怖かったあ」
そんな場所になぜ自分から行くかなあ。
沙耶ちゃんに『浄霊行脚』の供を頼まれるようになってからずっと持っていた疑問は、最近、解けつつある。彼女は『正しく使う』ことで、自分の能力を肯定したいんだ、きっと。
予備知識を避けるために沙耶ちゃんには言わなかったが、そのトンネルでは確かに焼身遺体が見つかっていた。若年者同士の抗争で負けたグループの1人が、灯油をかけられて火達磨になってる。換算すると、事件は沙耶ちゃんがトンネルを通った2、3年前ということになる。
霊も新しい(?)ほうが活性化しているっていうのが俺の思い込み。だから、今回、10年以上経った古い霊体への対面は期待ハズレかもしれないな。
654 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/07(木) 23:48:26 ID:8xFSOoXu0]
<霊障-3>
夜に近いほうが視やすいだろうとゆっくり来たが、午後3時には問題のトンネルに着いてしまった。
「出直そうか?」と沙耶ちゃんに問うと、「えー。夜なんか怖いからイヤですよお」と文句を言われた。何しに来たんだよ、まったく(笑)。
左を下に激しく傾いている道路。その上に垂直に立っているトンネルは、入り口がいびつで、確かに不安定な感覚を覚える。地元では心霊スポットとして有名なようだが、こういう三半規管を狂わす作りも関係しているのかもしれないな。
車を路肩に止めると、沙耶ちゃんは躊躇なく助手席から降り立った。トンネルを囲む木々をぐるりと見回し、耳に軽く手を当てる。
「まだいるみたい」振り返った彼女の瞳は真っ黒だった。
沙耶ちゃんの後ろについて俺もトンネル内に足を入れた。一応車道だ。集中してる沙耶ちゃんが轢かれないように注意していてやらないと。
沙耶ちゃんは、重い闇とかすかな西日の留まる坑内をどんどん進み、中央部の、巨大な落書きがされている左の壁に対面して止まった。しゃがみこみ、歳月を思わせる黒ずんだ壁に指を這わせる。
何も感じない俺は、せめて邪魔にならないように、彼女から5mぐらい離れて背を向けた。
持参した水筒の水を供えている音がする。数日前、「火傷ってどうしたら治るんですか~?」と泣きそうな声で電話してきた沙耶ちゃんの様子を想像して、つい口元がほころんだ。
655 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/07(木) 23:50:41 ID:8xFSOoXu0]
<霊障-4>
俺は、霊を視る力はまったくないが、五感は少しだけ優れている。だから、真後ろに突然現れた音が、人の駆け寄る音だっていうのもすぐにわかった。
半瞬遅れて沙耶ちゃんの悲鳴が上がる。
振り返ると赤黒く爛れた頭頂部が見えた。そいつは俺の背中から俺の中に進入してきた。
ものっすごい痛みが背中から心臓を刺し、俺は意識を持っていかれた。
背骨の折れる激痛と心臓が弾け飛ぶショックの断続に、死んだほうがましだと本気で思ったね。意識は覚醒と撃沈を繰り返している。
のた打ち回るうちに、今度は別の不快感が顔面に競り上がってきた。熱い。頭を炎が覆ってる。耳や目や口から入り込んで、脳を焼いてる。
沙耶ちゃんの声が聞こえた。言ってることはわからなかった。でも「起きろ」と言われた気がしたんだ。
強引に上半身を起こすと、すでに炭化していた俺の頭が地面に落ちた。
。。。。。。死んだのかな、俺。もう熱くも痛くもない。
「出てってください!」沙耶ちゃんが嗚咽交じりに叫んだ。聞こえるってことは。。。まだ、俺、生きてる。。の。。。か。。。?
目を開けると頬の下にアスファルトの冷えた感触があった。頭が落ちたと思ったのは全身が倒れたってことか。首だけ巡らせて振り返ると。
沙耶ちゃんが、俺の体から人型の炎の固まりを引き抜こうとしていた。
火は沙耶ちゃんの両腕にも巻きつき、焦げた肉のにおいを誘っている。沙耶ちゃんは目をきつく閉じて、この現象に惑わされないようにしているようだった。焼死した霊は、怒りの色なのか、全身を真っ赤に染めて抵抗している。
「もういいから手を離せっ!」俺はかなりヤケクソで沙耶ちゃんに怒鳴った。沙耶ちゃんは反射的に目を開いた。そして。。。燃えてる自分の腕を見たんだろうね。凍りついた表情で崩れ落ちた。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
けたたましい呪詛の声がトンネル内に響く。炎は、大きくフラッシュしたあと、霧散した。
656 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/07(木) 23:53:42 ID:8xFSOoXu0]
<霊障-5>
沙耶ちゃんが助手席で目を覚ましたとき、車はトンネルのある峠を抜けて街へ向かっていた。
「腹減らない?早いけど晩飯にしようか」俺はあえてさっきのことには触れなかった。実際、エネルギーを消耗して、ものすごく空腹だったし。
「。。。おなか空いてます」沙耶ちゃんも同意した。
市街地に入って一番のファミレスに入り、席を確保すると、緊張の糸がやっと解けた。俺たちは意味不明に笑いあい、ため息をついた。
「あれが霊障ってヤツかあ。。。あんまりにも直接的だったんで驚いたよ」
「私も初めてです」
短く答えた沙耶ちゃんは、急に、俺の隣りに位置を移してきた。
「今まで言えずに来たんですけど、やっぱりまことさんには伝えておいたほうがいいと思う」
俺の左腕にまきつき、真剣に見上げる沙耶ちゃんの視線を、正直、どう受け止めたらいいのかわからない。ついヘラッと「どんな告白でも歓迎だよ」といなしてしまった。
それじゃあ、と彼女は話を続ける。
「生きてる人間は、全員って言っていいほど、密かに守ってくれる存在がいるものなの」
「うん。守護霊ってヤツだろ?」別に目新しい情報でもない。
「そう」沙耶ちゃんの瞳は、微妙に暗褐色を帯びてきた。「でも、ごくごくたまに、誰も憑いてくれていない人がいるの。それがまことさんと私なの」
なんとなく反論したくなった。「でも、別に困ってない」
ガキだ、俺。。。
657 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/07(木) 23:56:52 ID:8xFSOoXu0]
<霊障-6>
真面目に聞くと、沙耶ちゃんの話は大いに理解できた。
憎まれっ子世にはばかる、って諺があるだろ。現実に、他人に憎まれてるのに、なぜか本人はその自覚がなく、のうのうと世の中のいい位置を確保しているなんて例はたくさんある。やつらがそこまで鈍くいられる理由、それが『守護霊の数(もしくは強さ)』なのだそうだ。
守護霊は憑いている人間を無条件で盛り上げる。自分の宿り木である主が、迷ったり悩んだりしては、自分たちの存続も危うくなるからだ。守護霊に盛り立ててもらっている人間は、そこそこの努力で勝ち上がっていく。
逆に、守護霊の力の弱い人間は、勝ち上がるために自分自身を高めていかなければならない。途中で挫折することも多い。
俺たちが家族に恵まれなかったのは(沙耶ちゃんに関しては後日説明する)、この法則で見れば、当たり前のことだったんだ。
「守護霊というのは、本体の人がトラブルに見舞われたときに、ダメージを軽くしてくれるオブラートの役をするの」
「なるほど。じゃああの焼死した霊は、俺たち以外を襲ったら、あそこまでやりたい放題できなかったわけか(笑)」
「うん。。。」
沙耶ちゃんはうつむきながら、少し微笑んだようだった。
「だから、私は、普通の人みたいに霊になんか惑わされない生活をするために、人助けをして私自身の守護霊力を高めたいの。」
『人助け』って言うのがピンとこなかったが、ちょっと考えたらわかった。人=不成仏霊のことだったんだな。あいつらは願ってることが単純なんだ。痛みから解放されたいとか食い物がほしいとか。だから『助けやすい』。
そして、やつらが成仏すれば、そのぶんだけ沙耶ちゃんは格を上げることになる。
「私って、私のためにしか行動しないんだね」と自嘲する沙耶ちゃんに、「どっちの得にもなってるんだからいいんじゃねーのw」とフォローする俺は、間違ってないぞ、きっと。
658 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/07(木) 23:58:15 ID:8xFSOoXu0]
<霊障-7>
「ありがとう。でもね」と最悪のコラボを組み合わせて反論してきた沙耶ちゃん。
「私はもっと欲張りになってる。生きてる人も救って、私の徳にしたくなってる。そのために、まことさんを毎回連れ出してたの。私のそばで不浄霊を一緒に救ってもらえば、まことさんの徳も上がるから。それに。。。。」
なんか。。。次の言葉は想像がついちゃってたんだけどね、俺。
「まことさんは、私と一緒にいるのが楽しそうだったから。。。まことさんに喜んでもらえたら、私、もっと早く人並みになれる気がする」
「沙耶ちゃんは。。。酷な人だねえ」正直、かなり本気で凹んだ俺は、精一杯の皮肉を返した。
675 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/09(土) 00:44:21 ID:+//caGOt0]
<霊障-8>
表面上は普通に話をしたが、内心かなり気まずい飯を終え、俺たちは店を出た。午後6時。山に囲まれた市街地はすでに夜と言っていい。
車に乗る前に沙耶ちゃんに聞いた。「もう1回、トンネルに戻っていいかな?」かなり深い意味を込めて。
沙耶ちゃんは、しばらく地面を見ていたが、小さな声で「はい」と答えた。
俺は、俺の中にくすぶっている怒りが、沙耶ちゃんへの未練だと認識していた。
俺の理想どおりの振る舞いと期待を高めてくれる言動の数々。愛しく思ってたからね。それが『俺のためのパフォーマンスだった』と聞かされても、すぐには気持ちは冷めないわけだ。
『徳を積む』という考え方は、宗教がかっているとはいえ、心理を突いているような気がした。善行を繰り返し、自分自身を善人として確信することができたなら、世間に溢れてる些細な悪意なんかに惑わされることはないだろう。沙耶ちゃんらしい『強さ』の求め方だと思う。
それなら、沙耶ちゃんはどこまで善意を貫けるのかな。もし。。。もし、俺が彼女に予想外の不利益をもたらしたとしたら。。。
俺はこのとき、沙耶ちゃんの同意不同意関係なく、トンネルに着いたら彼女を襲うつもりだった。
677 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/09(土) 00:46:48 ID:+//caGOt0]
<霊障-9>
山中のドライブは30分ほどかかる。助手席で足を畳んで小さくなっている沙耶ちゃんの気を紛らわすために、俺はトンネルで起こった事件の概要を説明し始めた。
「俺さ、フリーターになる前は、一応ちゃんと就職してたんだよね。ちょこっっっとマスコミ入ってる会社(笑)。そのときの知り合いに、あのトンネルの事故事件の過去録を聞いてみたわけ」
沙耶ちゃんは無言で顔を向ける。
「そしたら、やっぱり陰惨なリンチがあってさ」と、<霊障-2>で書いた内容をそのまま伝える。「そういう目に遭ったヤツなら、祟るのも無理ないと思うよ」
「。。。。燃やされただけじゃ。。。ないと思います。。。」沙耶ちゃんの口調は、今までに聞いたことがないくらい重い。
「背中から何回も刺されてて。。。骨が折れてもやめてもらえなくて。。。もう死にたいって思ったときに、頭にだけ灯油をかけられて燃やされたの」
聞いてて心臓が痛くなった。さっきの記憶が再現される。
「熱くて錯乱してたみたいです。火を消したくてトンネルの中を走り回って。。。目も見えないのに。。。」沙耶ちゃんは続ける。
「頭だけが燃えてるってわからなかったから、壁に体をこすりつけてたんです。血だらけになった背中を。。。そしたら、皮膚がむけて壁に貼りついて。。。まだ血の跡が残ってました」
「水を供えてたのは、その現場だったんだ」
「はい。。。。いろいろと教えてもらってました」沙耶ちゃんは視線を遠くに移した。
683 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/09(土) 00:49:19 ID:+//caGOt0]
<霊障-10>
トンネルに着いた。
。。。着いちまった。
とりあえず、さっきの路肩に車を停め、エンジンを切った。日中の暑さが嘘のように夜気は冷え切っていた。
頭の中で何度も手順は繰り返した。行使するタイミングを計る。。。。いやまあ、ふだんからそんなことばかり考えてたからさ(汗)。
沙耶ちゃんは、シートベルトを外したが、膝を抱えたまま動かなかった。
「車から出ないの?」と半ば祈りながら聞いた。わずかに理性は残っていた。
「まことさんが気がすむまでこうしてます」沙耶ちゃんの言葉が、ことさらに偽善的に聞こえた。
俺は彼女の肩を押さえつけてシートに倒し、唇を貪った。沙耶ちゃんはかすかに呻いたが、抵抗はしなかった。でも薄い肩にはガチガチに力が入ってた。嫌がっている。
けれど止まらない。この機会を逃したら次はない。ひどくせっぱつまった欲求が俺を支配していた。救われたい。委ねたい。恐怖から逃れたい。安らかになりたい。
俺の感情じゃねえよ、これ。
強引に身を起こして沙耶ちゃんから離れた。俺の中の何かが彼女の上に戻ろうとして体を引っ張る。慌てて運転席のヘッドレストをつかんだ。
沙耶ちゃんは泣きながら「。。。やっぱりこういうのはヤダ」と言った。
俺は車から飛び出した。
88 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/09(土) 00:54:36 ID:+//caGOt0]
<霊障-11>
落ち着くまでの間に2台ほど車が通り過ぎた。1台は、ガードレールに腰掛けた俺にビビって反対側の山肌に突っ込みそうになっていた。
新たなスポット伝説の始まりかもなw
対面に停めた車の中の沙耶ちゃんは顔を見せない。様子を見に行くこともできない。
だんだん腹が立ってきた。なんで俺はこんな寒いとこで当てもなく待たなきゃならないんだ?!
。。。いや、全部俺が筋立てしたんだけどさ。。。orz
『あいつ』は、まだ俺の中に残ってるんだろうか。どうしたら全部追い出すことができるかな。。。
成仏させればいなくなるのはわかってる。だからあいつになりきって考えないと。何が未練なのか。何をしたら満足して逝けるのか。
昼間の幻覚の中、あまりの苦痛に、俺は「早く死にたい」と思ってた。頭が焼け落ちたときは、恐怖よりも楽になれた喜びの方が大きかった。
だとすれば、もう死んでいるあいつに肉体的な苦痛はないってことか。
沙耶ちゃんを襲ったのはなぜだろう。霊も欲求不満になるのか??。。。いや、違う。真面目に考えろ。「救われたい」「委ねたい」「恐怖から逃れたい」。激しい恐怖感と激烈な興奮状態が、最期のあいつには区別がつかなかったんじゃないか?
だからといって、セックスであいつを満足させるのは真っ平だし。
689 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/09(土) 00:55:15 ID:+//caGOt0]
<霊障-12>
もう一つだけ、思いつく浄化の方法が、ある。
俺は周りを見回した。あいつがどこにいるのか知りたかったから。でも、やっぱり俺には何も見えない。
仕方がないので、当てずっぽうの方向に向かって呼びかけた。「カリノツヨシ、そのへんにいるのかい?」あいつの名前だ。
。。。反応はない。返事ぐらいしろよなあ。
尻のポケットに入れておいた手帳を繰って、ページを読み上げた。
「正犯フジタユウヤ。現在近くのM市K町在住。妻、子ども2人あり。共同正犯タカミシンヤ。現在○○県Y市Y町在住。妻、子ども1人あり。同じく共同正犯・・・(略)」
俺なら、だよ、俺なら、自分を殺したやつらがわかったら、こんなところで自縛してないで復讐に行く。
カリノが同じように考えるかはわからないけどね。
沙耶ちゃんが車から下りてきた。「書いて残してあげてください。情報が多すぎ」
俺はトンネルの中にスプレー缶が転がっているのを思い出した。壁に大きく犯罪者たちの名前を吹きつけてやる。
なんだか楽しかった。さっきまでのイライラとした気分が、嘘みたいに消えてたよ。
709 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 01:46:53 ID:Nc5xjCme0]
<霊障-13>
車に戻って、少し思案する。
このままトンネルを抜けて走れば、自宅までの最短距離になる。もしトンネルを避け、さっきの街まで戻って迂回すれば、1時間以上は遠回りになるはずだ。
「少しでも早く家に帰りたい?」沙耶ちゃんにそう聞いた。沙耶ちゃんはドア側に身を引きながら「まだどこかに寄るんですか?」と不信感を顕わにしている。質問の仕方が悪かったか。
「そうじゃなくて、このトンネルを通る勇気があるかどうかってことだよ」と説明を重ねると、彼女は「あの霊は怖くないけど、まことさんがまた変なふうになるのは怖い」と答えた。
謝罪以外に言葉が出ないよ。
「じゃあ、迂回するか」エンジンをかける。インパネのわずかな明かりに照らされた沙耶ちゃんの瞳の色は、ふだんの赤褐色に戻っていた。
二度切り返して、トンネルに背を向けて走り出して、すぐ。
沙耶ちゃんが「見えない」と呟いた。
710 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 01:48:21 ID:Nc5xjCme0]
<霊障-14>
「見えないって、何が?」ハンドルを握りながらちらりと見ると、彼女は戸惑った表情で、フロントの先に視線を彷徨わせている。
「何がって。。。何も。。。見えてたものが見えなくなってる」そう言うと、座席の上で抱えていた膝に顔を埋めた。
「霊が見えなくなってるってこと?。。。んー、でも、そういう能力とは無縁になりたかったんじゃないの?」俺は無神経に笑った。
「こんなに突然だと嬉しくないよ。。。。まことさんにはわからないだろうけど」チクッと嫌味を投げてくる沙耶ちゃん。
「いい機会だから、霊とか宗教とかって電波系に逃げてないで、まともな生活観念を持ちなよ」なぜ俺は応戦してるんだろう。
「見えないものを否定するだけの人生って楽でいいでしょうね」だから、なぜ沙耶ちゃんと喧嘩になるんだ?
「楽じゃねーよ。こんな厄介な女に道連れにされてさあ」
「ずいぶんはりきってましたけど?当たり前ですよね。下心全開だったんですから」
「ばあか!3年も我慢してやったのに、いまさら焦るか」俺。。。ひたすら自爆しまくる。。。
「じゃあ、さっさとそういうことして、さっさと愛想を尽かせてくれたらよかったじゃないですか!」
はあ?沙耶ちゃんの言うこともさっぱりわからなくなってるぞ。
「私は、その。。。男の人とああいうの、したくないんです。。。」
急にトーンダウンした沙耶ちゃん。彼女の『本音』を聞き逃したくなくて、俺は、再度、車を道端に停めた。
「きれいな感じがしないし。。。それに、私の求めるものとは正反対な気がして。。。」
反論はあったが、黙ってることにした。
間を置いて、沙耶ちゃんは続ける。
「私、浄化のイメージが好きなんです。体っていう生っぽいものを捨てられそうだから。早くそういうところに行きたい」
「汚れた魂が昇天してくれるのは嬉しい」
「この世界には居場所がない。私には釣り合わない。好きになれる人もいない」
そこまで言って、沙耶ちゃんはドアのロックを外した。
俺はすぐにロックをかけ直し、彼女を押しとどめた。
「外には出るなよ。そっちは崖なんだ」
沙耶ちゃんは、諦めたように、座席に身を沈めた。
711 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 01:49:24 ID:Nc5xjCme0]
<霊障-15>
朝が早かったせいか、猛烈な眠気に襲われた。高速で帰ってる途中のことだ。沙耶ちゃんはすでに寝息を立てている。
仮眠を取るつもりで入ったパーキングエリアは、車が極端に少なくて、なんとなく居心地が悪かった。とりあえず車外に出て深呼吸をする。
そうだ、と思い至った。時計を見ると0時前。まだ会社にいるな。
携帯からダイヤルすると、予想通り元の上司が出た。トンネルについて教えてくれた相手だ。「眠気覚ましに話に付き合ってください」と頼むと、向こうからも「歓迎だ」と返事が来た。
俺 「今、例のトンネルに行ってきた帰りなんです」
上司「いい歳して、本当に肝試しなんかしてんのかw で、なんか出たの?」
俺 「出ましたよ。すっげえのがw」
上司「マジ?男と女のどっち?」
?????
女ってなんだよ?
俺 「出たのはカリノですよ。先輩に聞いてたまんまの姿でした」
上司「そっちのほうかあ。やっぱり女のほうはガセなのかな」
俺 「何の話ですか?」
上司「あれ?言わなかった?リンチ焼殺事件の二ヶ月前に、そのトンネルの付近でカリノのオンナが行方不明になってるの」
俺 「知らねー。。。詳細ください」
712 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 01:51:06 ID:Nc5xjCme0]
<霊障-16>
カリノには、一方的に想いを募らせていた相手がいたようだ。名前まで聞かなかったが、20代前半の女性だったらしい。
カリノは素行が悪く、地元では嫌われ者だった。当然、女性もカリノには警戒していたという話だ。
彼女は突然姿を消した。彼女の車だけが、あのトンネル付近の峠道で、全焼という形で見つかった。カリノは警察にマークされたが、証拠は見つからなかった。
カリノを殺したのはヤツのワル仲間だった。正犯のフジタ以下数名は、捕まったあとにこう供述したようだ。
「カリノは追い回していたオンナをレイプして殺し、山中に捨てた。車は焼いた。うすうすそれに気づいた俺たちは、カリノを同じ目に遭わせてやろうと思った。なぜかはわからない。誰も反対はしなかった」
「祟りだね」と上司は小気味よさそうに笑った。
「でも、本当のところはどうだか。オンナの遺体が見つからなかったから、警察は、カリノが腹いせに車だけ盗んで燃やしたって見解になったみたいだぜ。オンナはどこかに逃げたんだろう」
俺は窓越しに沙耶ちゃんを見ていた。さっきのこの子は、本当に沙耶ちゃんだったのか。。。
「まあ無事に帰ってこられて何よりだ。今度会社に顔出せ。話がある」上司はそう言って電話を切った。
ややこしくて頭が飽和状態だ。今日は、誰が誰にすり替わっていたのか。。。
俺は車に戻り、エンジンを始動させる気力もなく、座席を倒した。
まあいいや。今は寝てしまおう。すべては明日、沙耶ちゃんの寝ぼけた顔を見てから考えよう。
fin
復職
723 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 23:45:16 ID:Nc5xjCme0]
<復職-1>
<霊障>から一週間ほどして、先輩から催促の電話があった。「顔出せっつっただろうが」。。。忘れてた。
あんまり登場させたくないので仮名だけつけておく。H先輩は俺の5つ年上で、上司としてわがまま放題を俺に押しつけた人だった。
その頃、俺は社会の右も左もわからないガキだったから、事なかれ主義でH先輩に嫌々くっついてたんだが、同じ社にいた彼の反抗分子からも目をつけられて、結局退職するに到ったんだよ。
数年ぶりのボロい社屋を訪ねると、在社当時よりももっとメタボに傾いたH先輩が重そうな腰を上げた。俺は、頭は下げたが、非好意的な表情をしていたと思う。
勧められた椅子を使うまでもなく、俺たちの交渉は決裂する。
H先輩「社に戻れ」
俺 「戻りません」
アクの強すぎる人だから部下がいつかないんだろうな、と、すぐにわかったからさ。
H先輩「働いてんの?」
俺 「いま、職を探してる最中です」
H先輩「じゃあいいじゃねーか」
俺 「よかないですよ。ここ以外で探します」
H先輩「嫌われたもんだなあ。電話までしてきておきながら」
あんたにしたんじゃねーよ、と、心の中で毒づきながら、俺は黙ってた。
実際、ここに連絡を取った本当の目的は、復職への足がかりにしたかったからなんだ。H先輩が健在と知ったらその気はなくなったけどね。
H先輩「まあなんだ。正社員になるかどうかはともかく、外注としてこの仕事請けない?」
俺が固辞してたもんだから、先輩が折れてきた。
外注って発想はなかったなあ。
俺 「どんな仕事ですか?俺、ブランク長いですよ」
H先輩「だから簡単なやつね。U町って知ってるかな?」
妙に丁寧な説明なのが気味悪かったが、俺は話を聞くことにした。
俺 「知ってます。ぎりぎりで市内に入ってる僻地ですね」
俺の住んでいる市は県内で一番の面積を誇っている。でも中心の駅のまわり以外は、ほとんどが田園か山林に組していた。U町なんてのは、ちょっと前まで郡だったところだ。
H先輩「そうそう。突風被害に遭ったとこだ。その被災地が手つかずの状態で残されてるらしいから、ちょちょっと行って写真を撮ってきてくれ」
724 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 23:46:45 ID:Nc5xjCme0]
<復職-2>
話を進めにくいのでばらすと、俺の元の職場っていうのはフリーペーパーを扱っている弱小出版社なんだ。市(近隣含む)の地域情報や広報を掲載して読者をつかんでる。
こういう雑誌って、見たことあると思うけど、スポンサー広告がほとんどだろ?俺のところは大手のクライアントが1つ常駐していて、ペーパーの質を高めるために、プロのライターを派遣していた。それがH先輩。だからこの人は偉そうなんだよorz
先輩の言う突風被害っていうのは、新聞の地方版に載ってたから俺も知ってた。傘が飛ぶとかテントが倒れるとかってレベルじゃなくて、山林が根こそぎ傾くほどの規模だったらしい。
なんで先輩が行かないんですか?、と聞こうとして、やめた。荒れて進入も難しい現場に行く気がなくなったんだ、この人は。
「写真を撮ってこられるようなところなんでしょうね?地割れを飛び越えていけって言われても無理ですよ」
依頼者がH先輩なだけに、しつこく確認する。
「ぜーんぜん大丈夫。危ないと思ったらそこで引き返しゃいい。地元情報誌としての面子が保てりゃいいんだ」
なるほど。それらしい写真が2、3枚掲載できればいいわけか。
「給料は?」
これも念押しすると、期待程度の額を提示してきた。おし!
「やります。締めはいつですか?」
と聞くと、しゃあしゃあとして答えるクソH。
「今日の18時校了だ。デジカメで撮って、ネット喫茶から送ってくれ」
はえーよ(汗)。時計を見ると11時半。現場到着まで2時間はかかる。。。。なんとかなるか。
引き受けてから気がついた。あ。沙耶ちゃんを12時に迎えに行く予定だったんだ。。。
725 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 23:48:05 ID:Nc5xjCme0]
<復職-3>
現場は予想以上に惨々たる状態だった。山というほどの奥地ではなく、村落から10分ほど入ったところの麓の林の中。
どう吹いたのかわからない。嵐は中心部から放射線状に大木をなぎ倒していた。重い固まりが落ちた跡みたいだ。思わずミステリーサークルを思い出した。
沙耶ちゃんはいつものように、俺を待たずに先に歩き出した。そう。家に帰してから仕事に来ようと思っていたのに、目を輝かせてついてきたんだ。
「すごいエネルギーですね」
直径60センチはある木の、折れた幹を見下ろしながら、沙耶ちゃんは呟いた。
「自然っていいなあ」
この光景を目の前にしての言葉とは、違わないか、それ(笑)。
地がめくれ上がって、何十本もの根が露出している場所で1枚撮る。被害のない場所から被災した上空も1枚。鬱蒼とした林のその場所だけ、快晴の空が丸見えだった。
数十センチの穴がそこかしこに空いてるし、枝葉は上から降ってくるしで、あまり長居したい場所ではない。残りの数枚を取ると、沙耶ちゃんの待っている倒木まで戻る。
彼女の上には光が降っていた。
きれいな栗色の髪と、細い肩と、そして紅茶色の瞳が、金色の日光に溶け込んでいた。
思わずシャッターを押すと、気づいた沙耶ちゃんは俺に笑顔を向けた。
「あ。お帰りなさい」
「退屈だったろ?」と聞くと、「いいえ。気持ちよく充電できました」と笑う。
「何か見てたの?」と、もう一度聞くと、沙耶ちゃんも、もう一度、とても明るい笑顔で「今は見えません。まことさんといるときは見えなくなりました」と答えた。
726 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 23:49:11 ID:Nc5xjCme0]
<復職-4>
U町にはネット喫茶なんてもんはないんで(というかネット環境が来ているかどうかも怪しい)、すぐに幹線沿いの店に飛び込んだ。メールの設定をし、撮ったばかりの画像をハードに流し込む。
さすが1000万画素。画質のクオリティは高い。5枚ほど添付して送信した。
「はあ。。。終わったー。。。あの人の仕事はこれだから嫌なんだよ」と愚痴ると、隣りでパソコンを覗き込んでいた沙耶ちゃんが、急に俺の胸に頭をすり寄せてきた。
驚いた。が。。。。なんとなく自然な気がした。
「余計なものが見えなくなった感想は?」の答えは「幸せな気がします」だった。
沙耶ちゃんは俺に惚れてくれてる。確信した。
彼女はいままで「普通の人間であること」以上に頑張ろうとしていた。だけど、そんなものは彼女を幸せにはしない。
等身大の女の子の沙耶ちゃんに、俺は、。。。今度は無理矢理ではなく、キスをした。
携帯がメールを受信したんで、こっそりとポケットから取り出して開く。H先輩からだった。
タイトル『5枚目の写真はなんだ?』
俺は笑いながら沙耶ちゃんに告げた。「君の写真を送ったんだ。ついでにデートしましたって。たまには先輩を悔しがらせてやらないとww」
メールを開く。H先輩の本性が表れた文章で、こう書かれていた。「ばかやろう。気味の悪いもん送ってくるんじゃねーよ!」
慌てて送信済みのメールを開くと、5枚目には、折れた大樹の横に、ぼんやりとした金色の人型の光が映っていただけだった。
727 名前: ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/10(日) 23:54:43 ID:Nc5xjCme0]
キリが悪いなあ。でもここで終わります。
733 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/11(月) 18:28:07 ID:SYS6hAXx0]
やっぱり気持ちが悪いので、追加でこの章を入れさせてください。
不安を煽る書き方で切るのは嫌いなんだ。
<復職-5>
被災地から戻る途中で沙耶ちゃんをバイト先に下ろし、俺は会社に戻った。H先輩は「もう用はない」と言ったが、さすがに画像を送りっぱなしで無関心にはなれない。
採用した写真とゲラ刷りを見せてもらって、勘を少し取り戻す。そうそう。この工程が一番好きだったな。
それから不採用の画像を消去してくれと頼んだ。後で勝手に使われないための予防策だが、俺にそういう知恵がついていたことを、先輩は嘲笑した。
5枚目の画像を処理しようとしたH先輩の手が止まる。
「お前、この前の肝試しの後、ちゃんとお祓いに行ったのか?」
真面目な口調だったので、ついウケた。
「H先輩からそういう非現実的な言葉を聞くとは思いませんでしたよ。行かなきゃまずかったですかね」
「俺には関係ないから返事はできんな。お前が決めりゃいい」
自分から話振っといて、なんだよ。。。
H先輩は削除ボタンを押し、『異変』の痕跡を消し去った。
「また連絡する。俺の番号、着拒にするなよ」と皮肉る先輩。そういえば、昔はそんなこともしたなあ。
妄想
754 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/12(火) 23:27:31 ID:mCZocsNx0]
<妄想-1>
バイトしているコンビニには、ふだん、夜中に店長はいない。俺がいい歳なので、店長代理並みに扱われてるからだ。
その信用をいいことに、俺は勤務を中抜けしては沙耶ちゃんを送り届けるようになった。もともと心配性ではあったが、それに加えて「大事な人」になったのだから、一時でも目を離したくなかったんだ。
「一緒に暮らしてーなあ」と呟いて、梶に「展開速いっすね」と笑われたこともしばしばだった。
6月の半ば、雨が落ちそうな夜だった。
いつものように沙耶ちゃんを送り届け、アパートの部屋に電気がついたのを見届けて、帰路に着いた。
彼女の家は店から10分ほどしか離れていない。車を出すまでもないので、雨降り以外は徒歩で往来することにしている。
人気の絶えた歩道を進み、中間地点まで来ると、<坊主>で書いたグランドに出た。
坊主の気配はなかった。。。。いや、あっても俺にはわからないかw
755 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/12(火) 23:28:56 ID:mCZocsNx0]
<妄想-2>
トイレ横の街灯の光がわずかに届くブランコに魅入っていると、突然、、背後から声をかけられた。
「お父さん、しにますよ」
ぎょっとして振り返ると、背の低い丸顔の巡査が俺を見上げていた。病的に飛び出した眼球が血走っている。
「あなた、しにますか」
巡査の右手が腰に回ったのを見て、瞬間に(ヤバイ!)と身構えた。詳しくはないが、拳銃をしまっておくホルスターを探しているのかと思ったんだ。
思わず、巡査の右腕をつかんでひねると。
ボキンと嫌な音がして、腕がもげた。
中学の頃に習っていた柔道の道場で、やりすぎて相手の肩の関節を外しちまったことがあった。感覚としてはその程度の力しか入れてなかったんだよ。
なにより、腕が取れるなんて考えられない事故だろ。
ちぎれた腕を握ったまま巡査の様子を見ると、体を丸めて「ぎぎぎぎ」と歯噛みを軋らせている。「だ、大丈夫ですか?!」ととっさにアゴに手を入れて上向かせた。舌を噛んだらしく、口の中が真っ赤に染まってる。
なんだよ、これは?
数日前からポケットに入れっぱなしだったハンカチをそいつの口に押し込みながら、俺は混乱を極めていた。通り魔?俺は正当防衛?それとも傷害?
巡査は裏返った眼底を晒し、血を撒き散らしながら、言った。「誰がしにますか」
そして、消えた。
756 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/12(火) 23:30:03 ID:mCZocsNx0]
<妄想-3>
どうやって店まで戻ったのか覚えていない。蛍光灯が過剰に瞬く店内への扉が、とても重かった。
レジにいた梶が「どうしたんですか?」と驚く。俺は言葉もなく頭を振った。疲れた。。。
「ごめん。休ませてくれ」なんとかそれだけ伝えて、カウンター奥の、申しわけ程度に作られた事務室の机に突っ伏した。何も考えられない。眠い。
すぐに、うとうととしたと思う。実際、連日バイトとH先輩の仕事で疲労は限界だった。悪い幻覚だって見るよ。夢の中で無理にそう納得させる。
事務室の戸が開いた。梶が来たんだ。「何か用?」顔も上げずにそう聞いた。
でも、見えたのは、泥にまみれた子どもの足だった。
「忘れ物」水の中から話しかけるような声で、坊主は俺の手に何かを握らせた。冷たくて締まった筋肉の感触から、巡査の腕だって気がついた。
なんで俺に?何の悪意があって?
癌末期の親父の顔と、光に溶けた沙耶ちゃんの姿を思い出して、無性に淋しくなった。
欠損
789 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/16(土) 12:10:39 ID:MNlUnZjU0]
<欠損-1>
間が空いてすまない。前回の<妄想>の続編になる。
こうやって書いてみると、あの頃は意外なほどの密度で毎日が過ぎていたんだな。話も長丁場になるので、スルーなりなんなりでやり過ごしてもらえたらありがたいです。
鬱な気分も、少しでも眠れば回復できるようで、1時間後に目を覚ましたときには、巡査や坊主のことは(寝ぼけてたんだな)と思うことができた。
店に戻り、サボったことを梶に詫びると、あいつはニヤニヤしながら耳打ちしてきた。
「衰弱するほどヤリまくっちゃダメっすよwww」
アホ(汗)。まだそこまで行ってないつーの。
客もいなかったので、そのままエロ話にもつれ込んだ。梶の『年上の彼女』との秘戯wを聞き、俺の学生時代の初体験を脚色を交えて話す。
好みの顔やらフェチの話やらするうちに、つい、元職場での恥部をばらしちまった。「俺さ、出版社に正社員でいるころ、主婦に手ぇ出したことがある」
790 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/16(土) 12:11:27 ID:MNlUnZjU0]
<欠損-2>
彼女の名前は由香さんと言った。もちろん仮名。俺がH先輩の下で働き出して3年ぐらい経ったときに、パート採用されてきた新婚の奥さんだ。
由香さんは妙に気の効く人で、俺が先輩に無茶を強いられて凹んでいたときに、こっそりと慰めてくれたりした。俺は先輩に不信感を持つ一方で、由香さんを信頼するようになっていた。
ある年、忘年会で酔いつぶれた彼女を一足先に送り届けろという命令をされた俺は、由香さんを自分の車に乗せた。少し走らせると、由香さんが「気分が悪いから停めて」と言う。
すぐ先にあった寺社の駐車場に入って、「んん。。。」となまめかしい呻き声を上げる由香さんの背中をさすった。
「東堂くんは、なんだかんだ言って、Hさんと仲がいいのね」喘ぎながらそんなことを言う由香さんに、俺は思いっきり首を振る。「んなわけないですよ」由香さんは、かすかに笑って、いきなり体をねじり、俺のほうを向いた。
えっとね。。。俺は由香さんの背中に手を置いていたわけなんだよ。それがくるっと半回転してきたもんだから、つまり。。。胸のふくらみを握るような形になっちゃったのね。
彼女は体をのけぞらせて、すばやく反応した。俺は我慢できなくなって、彼女のおっぱいを蹂躙しながら服を脱がせた。
25だった彼女の体は、なぜか若さを感じさせなかったが、俺自身の経験が浅かったこともあって不問にした。
柔らかい局部に自身を挿入し、何も考えずに射精した。彼女も避妊のことは一言も口にせずに、快感に身を委ねているようだった。
791 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/16(土) 12:12:32 ID:MNlUnZjU0]
<欠損-3>
「それでそれで?」梶が目を輝かせて聞いてくるww
「エロとしてはそれで終わり。でも、そのあとの由香さんの台詞がちょっと怖かった」思い出して苦笑しながら、俺は続けた。
お互い満足感に包まれながら服を着て、座席に寝転がった。俺は軽い眠気を感じていたが、由香さんはそうでもなかったようだ。ずっと喋り続けていた。
「もし妊娠したら、夫とは別れないといけないよね。東堂くん、結婚してくれる?」
「あー。。。いいですよ。俺、由香さん好きですしね(笑)」
「ほんとに?でも私、東堂くんより年上だよ」
「無問題。歳とか、関係ねーし」
俺にとっては由香さんであることが重要だったわけで、その他の条件なんかどうでもよかったわけだ。結婚してることさえもね。
「ありがとう。東堂くんは、私をとても好きでいてくれるのね」由香さんは目を潤ませながら抱きついてきた。「。。。じゃあ、約束して」と付け加える。
眠りかけている俺は、深く考えずに頷いた。
「もしね、私が離婚しなくて夫とずっと暮らすとしたら、東堂くんは新しい恋人を作るよね?それはいいの。でも、その子には絶対に避妊はしないで。私以上に大事にしたりしないで」
「怖い女っすね」梶が肩をすくめた。「うん。実際にすごく毒のある人だった」と俺。
その後、由香さんはこれ見よがしに社内で俺に接触してきた。体をすり合わせたり、たわいのない話を耳元で囁いたり。
噂が広がり、俺の立場が悪くなりかけた頃、H先輩がとどめをさしてきた。「若年性ババアの抱き心地はどうだった?wwww」ふだんからの恨みが積もってたからね。思いっきりキレましたよ、俺。H先輩を怒鳴りつけて、出社拒否に発展した。
その後、由香さんから電話が来た。「やっとあいつに反抗したね。私、あいつ大っ嫌いなの。あーすっきりした」H先輩に対する私怨的な内容だった。
彼女の目的はどこにあったんだろう。俺には今でもわからないや。
792 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/16(土) 12:13:58 ID:MNlUnZjU0]
<欠損-4>
そんな思い出話でも、夕べの幻覚よりはだいぶ健全だったんで、退社する頃には気分はすっかり治っていた。わざわざグランドまで行って、「変なモノ渡しに来るな、くそ坊主」と悪態をついてきたほどだったよww
自宅のアパートに帰って風呂を済ませると、疲労が頭のてっぺんまで回ってきた。今日は出版社も沙耶ちゃんの学校も休みだ。夜のバイトまで寝てしまおう。
飯を食わずにベッドに倒れこむと、すぐに前後不覚になる。
何時間経った頃だろう。台所から、包丁でまな板を叩く音がした。何かをリズミカルに刻む音。
沙耶ちゃんが来て料理をしているのかと思った。ごくごくたまにだが、突然訪ねてきてそういうことをしてくれるときがある。もっとも、沙耶ちゃんは俺よりも手つきが悪いww
薄く目を開けると、台所との境のすりガラスには、たしかに女の立ち姿が映っていた。「沙耶ちゃん?」声をかける。。。。が、返事がない。
それに。。。それに、映っている姿は、明らかに沙耶ちゃんとは違っていた。もっと背が高くて髪が短い。
警戒しながら半身を起こすと、向こうも気づいたようだった。すりガラスの戸を開け、顔を覗かせる。
。。。由香さん。。。だな。かなり老けてはいるが。なんでこの人がいるんだ?
「ねえ、約束覚えてる?」締まりのない顔の由香さんが、へらへらと笑いながら聞く。「私、ずっと監視してるからね」
また俺は幻覚を見てるのか?
由香さんは戸の陰から、俺のいる寝室(兼居間)に入ってきた。俺は声帯まで金縛りにあっていて、声も出せなかった。
彼女は俺のそばに立つと、服を脱ぎ始めた。色白だがたるんだ肉に魅力は感じなかった。
「もし約束を破ったら」由香さんは右手の包丁を頭上にかざした。「これであなたたちの首を刎ねるから」そして、真似事で俺の首に刃を当てる。
793 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/16(土) 12:15:44 ID:MNlUnZjU0]
<欠損-5>
この人はいつもそうだ。思わせぶりな言葉と脅迫を織り交ぜて俺を支配しようとする。
瞬間に怒りが沸点に達した。恐怖心を凌駕したおかげか、体が動く。
由香さんの手から包丁をひったくろうとして引っ張ると、また、腕ごとちぎれた。やっぱり由香さん本人じゃないみたいだ。幻覚なら遠慮は要らない。
俺は包丁を、側面から彼女の首に突き立てた。スパッと切れるかと思ったが、骨に当たって、首は半分つながったまま血を噴き出す。由香さんは悲鳴とも嬌声ともつかない甲高い声を上げ、残っている左手で傷口を押さえた。
手が邪魔だな。そうとしか思わなかった。背中から突き飛ばして床に押さえ込むと、左腕を引っ張りながら、肩に凶刃を叩き込む。首とは違って簡単にバラせた。
じたばたと断末魔の動きを見せる脚を、右から順番に切り取る。仰向けにし、腹を、上下に分かれるまで刺した。
そして最後に、血泡を吹いている顔を『堪能』しながら、首を骨ごと素手で折れ取った。
もう、これで俺には近づかないだろ?いくら霊だって、またこんな目に遭いに来たりはしないだろ?
ある種の満足感を感じて、俺は、再度ベッドに向かった。気分は悪くない。むしろ最高だ。
『実際の人間じゃなかったのが残念なぐらいだ』
転がると、すぐ隣にある窓の外から、坊主の顔が覗いていた。乾いた泥のこびりついた口から、ごぼごぼという水音を発している。
死人なんていうのはちゃんと喋ることもできないのか。惨めなもんだ。
「何が言いたい?」と聞いてやると、泥の固まりを吐き出したあと、坊主は言った。「どこの部分にする?」
よく意味はわからなかった。だから適当に答えた。「胸」
「次は右腕と上半身以外だよ」そんな意味のことを言って、坊主は消えた。
。。。まだあるのかよ。。。
794 名前:まこと ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/16(土) 12:16:01 ID:MNlUnZjU0]
<欠損-5>
この人はいつもそうだ。思わせぶりな言葉と脅迫を織り交ぜて俺を支配しようとする。
瞬間に怒りが沸点に達した。恐怖心を凌駕したおかげか、体が動く。
由香さんの手から包丁をひったくろうとして引っ張ると、また、腕ごとちぎれた。やっぱり由香さん本人じゃないみたいだ。幻覚なら遠慮は要らない。
俺は包丁を、側面から彼女の首に突き立てた。スパッと切れるかと思ったが、骨に当たって、首は半分つながったまま血を噴き出す。由香さんは悲鳴とも嬌声ともつかない甲高い声を上げ、残っている左手で傷口を押さえた。
手が邪魔だな。そうとしか思わなかった。背中から突き飛ばして床に押さえ込むと、左腕を引っ張りながら、肩に凶刃を叩き込む。首とは違って簡単にバラせた。
じたばたと断末魔の動きを見せる脚を、右から順番に切り取る。仰向けにし、腹を、上下に分かれるまで刺した。
そして最後に、血泡を吹いている顔を『堪能』しながら、首を骨ごと素手で折れ取った。
もう、これで俺には近づかないだろ?いくら霊だって、またこんな目に遭いに来たりはしないだろ?
ある種の満足感を感じて、俺は、再度ベッドに向かった。気分は悪くない。むしろ最高だ。
『実際の人間じゃなかったのが残念なぐらいだ』
転がると、すぐ隣にある窓の外から、坊主の顔が覗いていた。乾いた泥のこびりついた口から、ごぼごぼという水音を発している。
死人なんていうのはちゃんと喋ることもできないのか。惨めなもんだ。
「何が言いたい?」と聞いてやると、泥の固まりを吐き出したあと、坊主は言った。「どこの部分にする?」
よく意味はわからなかった。だから適当に答えた。「胸」
「次は右腕と上半身以外だよ」そんな意味のことを言って、坊主は消えた。
。。。まだあるのかよ。。。
795 名前: ◆T4X5erZs1g sage [2008/08/16(土) 12:17:45 ID:MNlUnZjU0]
今回は終わりです。
- 最終更新:2009-12-06 17:27:52